肺がんを知る
肺がんを知るまとめ
がんができる仕組み:発生と大きくなるスピード
肺がんは、「がん」の中でも死亡率が高いがんです。日本において、2020年の集計では、男女計でもっとも死亡率が高い結果となっています。
がん死亡者数は男女ともに増加し、肺がんはその割合が増えていますが、年齢調整死亡率では、近年減少しています。
ここでは肺がんの治療を受けるにあたって必要となる知識を紹介していきます。
まずは肺がんがどのような病気なのかを知っていきましょう。
参考:
・がん研究振興財団:がんの統計2022
知っておきたい、がんの基本
何らかの原因によって遺伝子に異常が起こり、そのことで限りなく増え続け(増殖)、別の場所に移動(転移)してしまう細胞を「がん細胞」といいます。がん細胞は増殖してまわりの臓器に影響を与え、また、身体のあちこちに転移して他の臓器にも影響を与えるようになります。
一般に「肺がん」とは肺から始まったものをいい、正確には「原発性肺がん」と呼びます。これに対して、たとえば乳がん、大腸がんなど他の臓器から始まって肺に転移を起こした場合は「転移性肺腫瘍」と呼び、原発性肺がんとは違う扱いをします。
ここでは、がんの基礎知識についてご紹介します。
がんはどうやってできるの?
遺伝子が傷つき細胞の増殖の調節がコントロールできなくなる
人間の体は、たくさんの細胞から作られており、細胞が分裂して数を増やしながら、さまざまな形や働きをもつ組織や臓器が作られていきます。
正常な細胞は、増え続けたり(増殖)、それを止めたりを、体の状態にあわせて調節しています。いくつかの遺伝子はこの増殖を調節する働きをもっています。
ところが、何らかの原因で遺伝子が傷つき、異常が起こると、この増殖の調節がコントロールできなくなってしまいます。
異常な細胞が増え続けると「がん」になる
わたしたちの体には、もともと遺伝子の異常を見つける仕組みが備わっていて、傷ついた遺伝子を修復したり、異常な細胞を排除したりして正常な状態を維持しています。
しかし、遺伝子が傷ついた異常な細胞の一部は、体からの命令を無視してどんどん増えたり、周りに広がったりする性質をもつようになります。これが、「がん細胞」です。がん細胞が何年もかけて増え続け、がんとして発見されると考えられています。
このため、肺がんは空気感染や接触感染のように人から人へうつることはありません。
がんはこうして大きくなる
がん細胞が広がる仕組み
がんは、遺伝子が傷ついた異常な細胞(がん細胞)がかたまってできたものです。がん細胞は、増え続けかたまりを作る性質をもっています。
また、がん細胞は、増え続けるだけでなく、周囲に広がったり(浸潤)、他の臓器に移ったり(転移)して新しいがんを作る特徴があります。
さらに、がん細胞は、正常な細胞が必要とする栄養を奪い、身体をどんどん衰弱させる特徴をもっています。
悪性腫瘍と良性腫瘍の違い
身体の統制を破って、細胞が異常に増えてかたまりになったものを「腫瘍」といい、腫瘍には、良性と悪性があります。良性腫瘍は、悪性腫瘍と比べて細胞が増えるスピードがゆっくりで、転移や浸潤はせず、多くの場合、体にそれほど悪い影響を与えることはありません。代表的なものとして、子宮筋腫や卵巣嚢腫などが挙げられます。
一方、悪性腫瘍は、異常な細胞が止まることなく増え続け、増えるスピードが速いものもあるのが特徴です。悪性腫瘍には、骨や筋肉などの細胞からできる「肉腫」と、身体の表面や臓器などの細胞(上皮細胞)からできる「がん」があります。
がんと遺伝子・免疫の関係は?
がんと遺伝子の関係
ある遺伝子に傷がついたときに、細胞を増やす(増殖)働きが強まっていることがあります。これを、がん遺伝子と呼んでいます。がん遺伝子が作るタンパク質は、がん細胞を増やす働きを著しく強めると考えられています。
一方、がん抑制遺伝子と呼ばれる、増殖を抑える役割をもつ遺伝子もありますが、がん抑制遺伝子が何かのきっかけでうまく働かなくなると、細胞のがん化が進むと考えられます。
さらに、遺伝子の突然変異により異常なタンパク質が作られる場合があることもわかってきました。
がん細胞を退治しようとする免疫の働き
身わたしたちの身体には、体内に入り込んだ異物(自分の体の細胞ではないもの)を攻撃し、排除して体を守る「免疫」という働きが備わっています。
身体の中でがん細胞ができると、免疫の働きがそれを異物ととらえ、排除しようとします。
しかし、がん細胞は、免疫の攻撃から逃れるために、免疫細胞(T細胞など)にブレーキをかける力をもっています。このように、がん細胞によって免疫にブレーキがかけられた状態や、もともと免疫の働きが弱まった状態などでは、がん細胞を排除しきれないことがあります。
最近では、こうしたがんに関連する遺伝子や免疫の状態を詳しく調べ、治療に役立てる研究が進められています。
どのぐらいの人ががんになる?
誰でもなる可能性のある身近な病気
今、日本人の2人に1人が、一生のうちに何らかのがんになるといわれています。がんは、誰もがかかる可能性のある、身近な病気といえます。
2018年のがん患者数は1990年の約2.5倍、2020年のがん死亡者数は1985年の約2倍にのぼっています。一方で、医療の進歩により、多くのがんで生存率は上昇傾向にあります。
2021年の推計値では、日本のがん患者数は、約100万9,800人(男性約57万7,900人、女性約43万1,900人)です。部位別でみると、男性では前立腺がん(17%)、胃がん(16%)、大腸がん(15%)、肺がん(15%)、肝臓がん(5%)の順で多く、女性では乳がん(22%)、大腸がん(16%)、肺がん(10%)、胃がん(9%)、子宮がん(7%)の順で多くなっています。
また、同じく2021年のデータによると、がんによる死亡者の数は、約37万8,600人(男性約21万8,900人、女性約15万9,700人)と推計されています。部位別でみると、男性では肺がん(24%)が最も多く、次いで大腸がん(13%)、胃がん(12%)、膵臓がん(8%)、肝臓がん(7%)の順、女性では大腸がん(16%)が最も多く、肺がん(14%)、膵臓がん(12%)、乳がん(10%)、胃がん(9%)と続きます。
部位別予測がん罹患数(2021年)
参考:
・がん研究振興財団:がんの統計2022
肺がんの原因:肺がんとタバコの関係
喫煙者の肺がんのリスクは4.5倍
肺がんの最大の原因はタバコといわれています1)。
「タバコを吸ったことがない人」のがんにかかるリスクを1.0とすると、現在吸っている人のリスクは、吸っていない人と比べて男性で4.5倍、女性で4.2倍になると報告されています1)。
また、タバコを吸わない人でも、周囲に流れるタバコの煙(副流煙)を吸うことにより、リスクが高まることもわかっています。しかし、タバコ以外の原因も存在することがわかっています。
- 1)がんの統計2008年度版(財団法人がん研究振興財団発行)
タバコ以外の原因
がんと遺伝の関係
これまでの調査で、肺がんの家族歴がある人は、ない人に比べて肺がんになるリスクが2倍ほど高く、肺がんになりやすい傾向があることがわかっています。性別で比べると男性よりも女性のほうがこの傾向が高まります2)。
この理由は解明されていませんが、家族に同じがんになった人がいるということから、体質的に肺がんになりやすい遺伝的な共通点があると考えられています。
- 2)Nitadori, J., et al.: Chest. 130(4),968. 2006
肺がんと関係のある遺伝子
乳がんや卵巣がんでは、がんの発生に深くかかわる遺伝子が発見されており3)、このような遺伝子異常のある人が多発する家系があることがわかっています。同様に肺がんでも関係のある遺伝子の候補があり、複数の遺伝子が関係しているのではないかと考えられています。
- 3)一般社団法人京都医師会発行 Be Well vol.70
大気汚染
大気汚染物質には、発がん性や変異原性を示す種々の複雑な化合物が存在します。なかでも、ディーゼル排ガスの黒煙などに含まれる粒径2.5μm以下の微小浮遊粒子(PM2.5)は、粒子の大きさが非常に小さいため(髪の毛の太さの30分の1)、肺の奥深くまで入りやすく、強い発がん性を示します4)。
- 4)独行政法人環境再生保全機構HP 大気環境の情報館
職業によるリスク(アスベストなどの有害化学物質について)
アスベスト(石綿)は、直径0.1〜1μmの微細な繊維が合わさって軽い綿状になった鉱物で、建材、電気製品、自動車、家庭製品などさまざまな用途に用いられてきました。簡単に飛散し、肺に吸入されても分解されず、消化しようとする肺の白血球も死滅させられてしまい、この繊維を吸入してから15〜40年後に肺がんが発生することが明らかになっています。また工場や建設現場、鉱山などでアスベストにさらされた経験がある人がタバコを吸っていると、肺がんの発生リスクが相乗的に高くなることが知られています5)。
アスベストのほかには、ヒ素やクロロメチルエーテル、マスタードガス、クロム、ニッケルを扱う工場の労働者や、ウラニウム鉱山の労働者に、肺がんが多発することが報告されています6)。
- 5)Hammond, EC., et al.:Ann. NY. Acad. Sci., 330, 473,1979
- 6)Blot, WJ., et al. :Cancer Epidemiology and prevention (second edition).Oxford University Press, New York, 637, 1996
女性ホルモン(エストロゲンなど)の影響
男性に比べてタバコを吸う女性は少ないものの肺がんは発生していることから、女性ホルモンが何らかの影響を及ぼしているのではないかと考えられています。実際に、初経から閉経までの期間が短い人に比べて、この期間が長い人で肺がんの発生率が2倍以上高かったことが報告されています7)。女性ホルモンの一つであるエストロゲンは、肺のがん化やがん細胞の増殖を促進することで、肺がんの発生にかかわると考えられており、詳しいメカニズムの解明に向けて現在も研究が進められています。
- 7)Ying Liu, et al.:Int. J. Cancer., 117(4), 662,2005
肺がんとアスベスト(石綿)の関係
アスベスト(石綿)とその活用
アスベストは、熱、電気、化学物質などに強い繊維状の天然鉱物で、安価であることから建設資材をはじめ家電製品や自転車などさまざまな製品に利用されてきました1,2,3)。
しかし、1960年頃から欧米でアスベストにさらされる作業に従事していた労働者に、肺がんや中皮腫が多発しはじめ、1972年に世界保健機関(WHO)がアスベストを発がん物質に指定しました。日本では、2012年にアスベストを含む製品の製造が全面禁止されました3,4)。
肺がんとアスベスト(石綿)の関係
アスベスト繊維は髪の毛の5,000分の1と非常に細く、飛散すると長い時間、空気中を浮遊します。口や鼻から吸い込んでも多くはすぐに体の外に排出されますが、完全には排出されないため、わずかに残ったアスベストが肺に沈着します。アスベストは、いったん沈着すると肺の中で分解されず、長年にわたり異物としてとどまりつづけるため病気を引き起こすことがあります1,3)。
アスベストにさらされるおそれがある作業に従事していた方やその家族、またアスベストを取り扱う工場の近くに居住していた方などは、アスベストを原因とする病気を発症するリスクが高い可能性があります3)。
アスベストを原因とする病気には、非腫瘍性のものとして、石綿肺、良性石綿胸水(良性石綿胸膜炎)、びまん性胸膜肥厚があります。腫瘍としては肺がんと中皮腫があります5)。
アスベスト除去時の対策
アスベストの撤去作業は、厚生労働省が定める石綿障害予防規則によって、発塵性が高い順に3つのレベルに分類されています。事前調査や労働基準監督署長への届出の要否は、レベルに準じて規定されています6)。
最も発塵性が高いレベル1の作業は、アスベストとセメントを混ぜ合わせて作られる吹き付け石綿の撤去作業です3,6)。撤去作業は、専門の講習を修了した石綿作業主任者の指揮のもと、作業者が直接アスベストにさらされないよう実施されることが定められています7)。
アスベスト代替繊維
繊維状物質は、工業製品を製造する上で不可欠な素材です。したがって、産業界ではアスベスト製品の製造禁止後、アスベストと同様の性質を有し、生体に安全な代替繊維の開発が活発化しています。
人造ガラス質繊維は人造のガラス質鉱物繊維で、国際がん研究機関(IARC)の発がん性評価基準で「グループ3:ヒトに対する発がん性について分類できない」とされており、発がん性はほぼないと考えられています。中でも、ロックウール、グラスウールは使用歴が長く、大規模疫学調査が行われており、発がん性評価は信頼性が高いといわれています8,9)。
アスベスト肺がんの基本情報
患者数
アスベストを原因とするがんのうち、最も発症数が多いのは肺がんです1)。
特徴
肺がんには腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4種類の病理組織型がありますが、アスベストはすべての組織型の肺がんを引き起こす可能性があります1)。また、肺がんの発生部位にもアスベスト特有の特徴はないとされています10)。アスベストのばく露注)から肺がんが発見されるまでの期間は20~40年と報告されています1)。
注:問題となる因子にさらされること。
症状(発見時)
アスベスト肺がんが発見されたきっかけを調査した研究では、4割は咳や痰などの自覚症状を認めたことであり、6割は健康診断や他の病気の治療中に異常な所見(胸部X線画像においてなど)が指摘されたことであったと報告されています11) 。
検査
アスベスト肺がんと診断するためには、「肺がん発症のリスクが2倍になるアスベストばく露があること」を確認する必要があります。これは、胸部X線検査またはCT検査による肺の画像所見、あるいは手術や気管支鏡などから得られた肺組織中の特異的な物質を調べることにより確認します12,13)。
治療
通常の肺がんと同様に、組織型やステージに応じて手術、化学療法、放射線療法などが選択されます10)。
アスベスト肺がんでは?と気になる方へ
アスベストばく露の有無がはっきりせず気になる方は、相談窓口や治療を受けている医療機関にご相談ください。
タバコとの関係
喫煙は肺がんの最大の要因ですが、アスベストと喫煙の両方のばく露を受けると肺がんのリスクが高まります。アスベストのばく露と喫煙歴のない人が肺がんを発症するリスクを1とすると、アスベストのみのばく露では、肺がんの発症リスクは5倍、喫煙のみでは10倍、アスベストとタバコの両方のばく露がある場合は50倍になると報告されています13,14)。
アスベストおよびタバコによる肺がん発症リスク(リスク比)
制度
海外の状況と日本のこれから
かつて、欧米では第二次世界大戦前にアスベストを大量に使用して工業化し(アスベスト消費)、1960年頃からアスベストに関係する仕事に従事した労働者における肺がんや中皮腫の多発が知られるようになりました。米国では、アスベストが原因とされる疾患である中皮腫の患者数は2005年頃にピークに達しましたが、その後は減少傾向にあります。一方で、日本におけるアスベスト消費は欧米に約25年遅れて同様の経過をたどっており、アスベスト肺がんの増加傾向は2030年頃まで続くと推定されています2)。
- 1)榮木 実枝ほか:がん看護セレクション 肺がん患者ケア,学研メディカル秀潤社
- 2)環境省 アスベスト含有家庭用品の廃棄について
- 3)独立行政法人環境再生保全機構 石綿健康被害救済制度10年の記録
- 4)神山 宣彦:日職災医誌. 2014 ; 62(5): 289-297
- 5)中野 孝司:成人病と生活習慣病. 2017;47(8): 945-949
- 6)厚生労働省 石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル
- 7)厚生労働省 石綿障害予防規則
- 8)神山宣彦:石綿製品の使用禁止と石綿代替繊維の現状
- 9)農林水産省 国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について
- 10)内野 和哉ほか:日本胸部臨床. 2010;69(増刊):S155-S162
- 11)岸本 卓巳:Jpn J.Hyg. 2014; 69: S114
- 12)独立行政法人環境再生保全機構 診断書(石綿を原因とする肺がん用)
- 13)独立行政法人環境再生保全機構 石綿健康被害救済制度10年の記録
- 14)Hammond EC, et al. Ann NY Acad Sci 1979; 330: 473-490
肺がんに特有の症状はない
肺がんの症状
肺がんに特有の症状というものはありません。呼吸器に関係する症状(咳、痰、血痰、胸の痛み、息切れ、声のかすれなど)のほか、呼吸器以外の症状(肩の痛みや凝り、しゃっくりなど)が現れることもあります。また、転移した場所の症状が呼吸器に関係する症状よりも先に現れる場合もあります。脳転移による頭痛、めまい、吐き気、嘔吐、ふらつきや、骨への転移からくる痛みなどです。
主な症状
呼吸器に関係する症状 | 咳、痰、血痰、胸の痛み、息切れ、呼吸困難、声のかすれ など |
---|---|
呼吸器以外の症状 | 肩の痛みや凝り、しゃっくり など |
その他のがんでみられる一般的な症状 | 痩せ、食欲の低下、体のだるさ など |
ステージや部位による症状の違い
肺がんは初期の段階では症状が現れないことがあります。病状が進行し、周囲の臓器へ広がったり(浸潤)、他の臓器に転移したりすることで、初めて症状が現れることもあります。このため、症状を自覚した時点ではかなり進行していることがあります。また肺がんの症状は他の疾患でもみられる症状(咳、痛みなど)であることが多いため、症状だけで肺がんと診断することはできません。
①肺がんの発生部位による違い
肺の入り口付近(肺門型肺がん):初期の段階から咳、痰や血痰などが発現します。
肺の奥(肺野型肺がん):初期に自覚症状はなく、進行して肺周囲の臓器に浸潤すると症状が現れます。
浸潤部位 | 症状の特徴 など |
---|---|
肋骨 | 胸の痛み |
反回神経(発声にかかわる神経) | 声のかすれ |
食道 | 食べ物や唾液がうまく飲み込めない |
上大静脈(肺の近くを通る太い静脈) | 顔や腕の腫れ、むくみ(上大静脈症候群) |
②転移部位による違い
浸潤部位 | 症状の特徴 など |
---|---|
リンパ節転移 (ステージⅡ以上) |
咳、声のかすれ、上大静脈症候群 など |
脳転移(ステージⅣ) | 声のかすれ |
骨転移(ステージⅣ) | 転移部位での痛み(腰の痛み、背中の痛み など) |
肝転移(ステージⅣ) | 全身のだるさ、黄疸 など |
気になる症状があれば医師へ相談
なお、これらの症状があっても肺がんとは限りません。気になる症状があれば、必ず医師にご相談ください。
チェックしたい肺がんでみられる初期症状は
肺がんの初期症状と進展にともなってあらわれる症状
肺がんには特有の症状があるわけではありません。ただし、咳や痰、発熱など、風邪によく似た症状はよくみられます。
風邪とは違い、肺がんによる咳や痰はなかなか改善しないことが特徴です。咳や痰が長引くときや血痰が出たときは、肺がんの可能性も考えて、病院を受診しましょう。
肺がんが大きくなったり、周囲の組織に広がったり、ほかの臓器に転移したりすると、その部位に特有の症状があらわれます。
たとえば、気管支の入り口に近い部分で肺がんが大きくなると、気管支がせまくなり、息を吐きにくくなるため、ぜんめい(ゼーゼー、ヒューヒューいう音)が起こります。食道に広がると物を飲み込みにくくなり、肋骨や周辺の神経に広がると胸痛が起こります。声帯に関係する神経に広がると、声がかすれるという症状もあらわれます。上大静脈の近くにあるリンパ節や上大静脈そのものにがんが広がると、上半身の血液が心臓にもどりにくくなるため、上半身のむくみや息切れ、めまい、頭痛、眠気などの症状があらわれます。
肺の上端(肺尖端)から腕の神経にがんが広がると、腕の痛みやしびれ、まひ、筋力低下などの症状(パンコースト症候群)があらわれ、首の交感神経に広がると、まぶたの垂れ下がりや瞳孔の縮小、眼の落ちくぼみ、発汗減少などの症状(ホルネル症候群)があらわれます。心臓を包む膜(心外膜)や肺を包む膜にがんが広がると、胸痛や不整脈、胸水貯留や呼吸困難がそれぞれ起こります。
骨に転移すると疼痛、病的な骨折が起こります。脳に転移すると、脳がむくむため頭痛や吐き気が起こります。転移部位が中枢だと手足のまひ、小脳だとふらつき、部位によっては言語障害や意識障害が起こることがあります。
また、がんの種類にかかわらずみられる症状として、食欲不振、倦怠感、発熱、体重減少などがあります。
表 肺がんの主な症状
呼吸器の症状 | 咳、痰、血痰、息切れ、呼吸困難 |
---|---|
がんが広がった部位による症状 | |
食道 | 飲み込みにくさ |
肋骨、肋骨の神経 | 胸痛 |
声帯に関係した神経 | かすれ声 |
上大静脈、 上大静脈に近いリンパ節 |
上大動脈症候群(顔や上半身のむくみ、頸静脈や上半身の静脈の怒張、息切れ、めまい、頭痛、眠気) |
肺の上端、胸郭外 (腕の神経、首の交感神経) |
パンコースト症候群(腕のしびれや痛み、まひ、筋力の低下)ホルネル症候群(まぶたの垂れ下がり、瞳孔の縮小、眼の落ちくぼみ、発汗の減少) |
心膜(がん性心膜炎) | 心膜液貯留による動悸、不整脈 |
胸膜(がん性胸膜炎) | 胸水貯留による胸痛、呼吸困難 |
転移した部位による症状 | |
骨 | 痛み、骨折 |
脳 | 頭痛、吐き気、手足のまひ、ふらつき、言語障害、意識障害 |
肝臓 | 全身のだるさ、黄疸、肝機能障害 |
副腎 | クッシング症候群(顔のむくみ、肥満、血圧上昇)、悪心、嘔吐、腹痛、低血圧、ショック症状 |
その他の症状 | 食欲不振、倦怠感、発熱、体重の減少 |
症状のでる時期は肺がんのできる部位によって異なります。
肺の中心にがんができる肺門型肺がんは、早期から咳や痰、血痰などの症状がでますが、肺の端のほうにがんができる肺野型肺がんでは初期症状はほとんどなく、進行期になって息切れや呼吸困難などがあらわれます。
症状以外に確認すること
症状だけで肺がんかそうでないかを見分けることはできません。
肺がんにかかる危険性(リスク)が増す要因には、自分や家族の喫煙(タバコ)、家族が肺がんを含めがんにかかったことがある(家族歴)、生活環境に肺がんのリスクを高める化学物質(石綿、コールタール)がある、などがありますので、受診の前に確認しておきましょう。
肺がんと肺炎の関係とは
肺がんと肺炎の違い
肺がんと肺炎の症状は、いずれも咳や痰、息切れ、発熱などよく似ています。症状だけでどちらの病気かを区別するのは難しく、誤診を避けるためにも、胸部X線(レントゲン)検査や喀痰細胞診、血液検査などをおこないます。
肺がんと肺炎の画像には、いくつかの違いがみられます。
肺がんの胸部X線画像には、円形や楕円形をしたがんの塊が白く映り(腫瘤影)、CTではリンパ節の腫れや、がん周辺の血管や臓器の様子も映ります。
肺炎のX線画像には、正常であれば黒く映る肺に境界がはっきりしない白い影が映ります。白い影は、肺炎の種類によってすりガラス状にみえたり、斑状やあみ状であったり、気管支の形が浮かび上がっていたりと、いろいろです。
肺がんと併発する肺炎
肺がんは、しばしば肺炎を併発することが知られています。
これは、肺がん患者さんには高齢者や喫煙経験者が多く、慢性的な呼吸器疾患を持っていることが多いためです。また、肺がんによって気道が閉じたり、狭くなったりすると、細菌の侵入を防ぐことができず、肺炎(閉塞性肺炎)が起こりやすくなります。さらに、肺がんの手術後の合併症あるいは放射線治療や薬物療法の副作用として肺炎(間質性肺炎)を発症することもあります。
なお、間質性肺炎は、ガス交換をおこなう肺胞と肺胞の間に炎症が起こる病気で、閉塞性肺炎は細菌の感染により肺胞の内側で炎症が起こる病気です。
手術や治療後の合併症としての肺炎
肺がんの手術後は、痛みや麻酔の影響で痰を上手くだせなくなるため、細菌に感染して肺炎にかかりやすくなります。細菌の感染による肺炎は、抗菌薬で治療を行います。
肺がんに対する放射線治療後、間質性肺炎を発症することがあり、このような肺炎を放射線肺炎(放射線肺臓炎)といいます。放射線肺炎は、放射線によって肺の組織が壊れることによって発症し、多くの場合、照射後1〜6ヵ月以内に起こります。
肺の障害は肺がん治療薬の副作用で起こることもあり、それらを薬剤性肺障害といいます。
肺がん治療に使われる薬剤では、EGFR阻害剤やALK阻害剤などの分子標的治療薬が間質性肺炎を引き起こします。免疫チェックポイント阻害剤も免疫関連副作用の一つとして間質性肺炎を引き起こすことがあります。抗がん剤も使う薬の種類によっては薬剤性肺障害を引き起こすことがあります。
間質性肺炎では乾いた咳や発熱、呼吸困難などの症状があらわれますが、無症状の場合もあります。緩やかに進行することもありますが、急激に進行する場合もありますし、重症になると急に悪化し、命にかかわることもあります。
無症状や軽症のときは、症状を和らげる治療を行うだけで肺炎は自然に治ることが多く、症状が出るほど進行したときは、ステロイド製剤による治療を行います。
肺がんと血痰・出血
肺がんにともなう口からの出血
気管支や肺に異常がみられるとき、口から出る咳や痰に血が混じることがあります。その出血の原因が、肺がんによるものである可能性があります。
一般的には、口から血が出た場合は、気管支や肺のほかに、食道・胃・十二指腸など上部消化管、のど・口の中・鼻の中などからの出血が考えられます。
気管支や肺から出血したとき、痰に血が混ざったり(血痰)、咳と一緒に血を吐き出してしまうこと(喀血)があります。
一方で、食道・胃・十二指腸など上部消化管の出血の場合は、嘔吐とともに血を吐き出してしまうこと(吐血)が多いです。
どこからの出血かわからない場合は、出血の部位やその原因となった病気を突き止める必要があります。
血痰とは
血液の混じった痰のことです。
血液がほとんどを占める場合は、血痰ではなく、喀血といいます。
痰に血が混じる原因としては、肺や気管支からの出血、のどからの出血、鼻や口の中からの出血、食道や胃からの出血が考えられます。肺や気管支からの出血が痰に混じった血痰の色は鮮血に似た赤、食道や胃からの出血が混じった血痰は暗い赤色や茶色であるのが特徴です。
血痰は、肺がんに限らず、呼吸器の病気でしばしばみられ、肺結核、非結核性肺抗酸菌症、肺炎、気管支炎、気管支拡張症、肺梗塞などでもあらわれます。
肺がんと血痰の関係
肺がんはできた部位によって肺門型(肺の中心部にできたがん)、肺野型(肺の端にできたがん)に分けられ、型によって症状の出方が異なります。
肺門型の肺がんは気道に近い部位にでき、気道が刺激されるので、早期のうちから咳や喀痰、血痰があらわれることがあります。一方、肺野型の肺がんは気道から遠い部位にできるので、多くの場合、進行するまでは血痰はあらわれにくく、無症状で経過します。術後に血痰がでた場合は再発が疑われます。
血痰がでたらどうする?
血痰がでる頻度が高い場合、医療施設を受診し、原因に応じて専門の医師を紹介してもらいましょう。
鼻や口の中、のどからの出血であれば耳鼻咽喉科、肺や気管支からの出血であれば呼吸器科、食道や胃からの出血であれば消化器科が専門です。
肺がんが疑われるときは、呼吸器科で痰の中にがん細胞が混じっていないかどうかの検査(喀痰細胞診)を行います。同時に、血液検査、胸部X線検査(レントゲン検査)を行うこともあります。
これらの検査で症状の原因となる所見がみつかったら、胸部CT検査や気管支鏡検査、蛍光気管支鏡検査を行い、肺がんが疑われる部位を特定します。次いで、肺がんが疑われる部位の組織または細胞を取って、肺がん細胞の有無と組織型を判定し、がんかどうかの診断を行います。
肺がんであることが確定したら、がんの広がりを調べるために画像による検査(造影CT、PET(ポジトロン断層撮影法)、MRI、骨シンチグラフィ)を行い、臨床病期(ステージ)を決定し、治療方針を決めます。
血痰や喀血は肺がん以外の病気でもみられる
血痰や喀血がみられたからといって、必ず肺がんがあるというわけではありません。気管支や肺からの出血の原因となる病気としては、肺がんのほかに肺結核や肺炎、気管支炎、気管支拡張症などがあります。
原因となった病気を突き止め、止血する必要がありますので、急いで医療機関を受診することが大切です。
肺がんでみられる全身症状:発熱、食欲減退、体重減少
がんでみられる体重減少
肺がんに限らず、がんになると痩せる(体重が減少する)ことが多くあります。
ただし、原因はさまざまですので、原因がわからないときやつらいときは、医師や看護師さんに相談しましょう。
がんになると、自然の反応として全身に激しい炎症が起きます。また、がん細胞は炎症をさらに加速させる物質を放出しています。その結果、体内のタンパク質と脂肪の代謝バランスが崩れ、脂肪だけでなく筋肉も減っていき、体重が減少すると考えられています。この状態を「がん悪液質」と呼びます。
体重減少のもうひとつの原因である食事量の減少には、大きくなったがんが消化管を圧迫しているために食事がとれない、食事をとっても十分に消化されない、薬物治療や放射線治療の副作用(吐き気、嘔吐、食欲低下、味覚障害、口内炎など)により食事がとれない、がんによる痛みが原因で食欲がない、心理的なショックで食事ができないなどの理由があります。これらが原因で体重が減少しているときは、食事の工夫や副作用の治療、痛みの治療、点滴による栄養状態の改善、カウンセリングなどによって体重減少を和らげることができます。
肺がん患者の痩せ方の特徴とタイミング
体重減少が起こる頻度はがんの種類によって違っており、化学療法をまだ受けたことのない進行肺がんの患者さんの約60%で体重減少がみられるといわれています。また病期が進むと、その割合は上昇していき、約90%に達すると報告されています。
悪液質になると、いつもどおりに食事をとっていても、脂肪だけでなく、筋肉も落ちていき、体力が著しく低下します。がん悪液質は2011年にEPCRC(European Care Research Collaborative)のガイドラインの中で「通常の栄養 サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無にかかわらず)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されており、栄養状態を改善するだけでは、体重減少を止めることはできません。
肺がん治癒には痩せないことが必要
体重が減少すると、治療に耐える体力がなくなって治療を継続できなかったり、その結果として治療効果が思うよに得られなかったりします。また、筋肉が減りすぎると日常生活に支障をきたし、生活の質(QOL)が低下することもあります。食事がとれずに体重が減少しているのであれば、食事がとれない原因となっている痛みや副作用などに応じた対策をとることが大切だと考えられます。原因がわからないときやつらいときには、医師や看護師さんに相談しましょう。
腫瘍随伴症候群~がんが原因で起こるさまざまな症状~
腫瘍随伴症候群とは
がん細胞から分泌される物質の影響や、がんを退治する免疫の働きが他の組織にダメージを与えることで生じるさまざまな症状のことです(下表)。
肺がんは、他の種類のがんに比べて腫瘍随伴症候群が出やすいとされていますが、症状を経験する患者さんは多くても20%程度といわれています1)。
がんと診断される前から随伴症候群がみられることもありますが、以下に紹介する症状だけでがんを心配する必要はありません。
ただし、肺がんを心配する要因があり、さらに以下の症状がある場合は、診察を受けましょう。
- 1)肺癌と腫瘍随伴症候群. 日内会誌. 88(11), 2252-2259, 1999
発熱や体重減少、肺がんでは顔が丸くなることも
全身症状として発熱、食欲減退や体重減少、皮膚症状としてかゆみなどがよくみられる症状です。肺がんで比較的多い腫瘍随伴症候群には、肥満、ムーンフェイス(顔が丸くなる)、食欲不振、神経症状、意識障害などがあります。
以下の表に主な症状をまとめました。
全身 | 発熱、寝汗、食欲減退、体重減少 |
---|---|
皮膚 | かゆみ、顔面紅潮 |
神経 | 筋力低下、感覚喪失、めまい、視覚の変化 |
血液 | 貧血、血小板や白血球の増加 |
内分泌 | 高血糖、浮腫、筋力低下、高血圧、下痢 |
その他 | 多発性筋炎、関節の痛み |
症状の程度や種類によって必要があれば、がん治療とは別に腫瘍随伴症候群の治療を行います。また、抗がん剤(がん治療を進めること)によって腫瘍随伴症候群が改善することもあります。
気になる症状がある場合は主治医に相談を
腫瘍随伴症候群には表に示したほかにも多種多様な症状が知られています。発生頻度は少ないですが、だからこそ何か気になる症状がある場合には主治医に相談してください。症状は軽くても、がんの治療に影響することがありますし、主治医と別の科の医師の診療が必要なこともあります。がん治療に伴う副作用と紛らわしいこともあり、腫瘍随伴症候群は見落とされがちになります。早めの相談が大切です。
肺がんの患者はどのぐらいいる?
患者数の多さは大腸がん、胃がんに次いで第3位
2018年の日本全体のデータでは、肺がんの患者数はおよそ12万2,800におり、2020年には年間7万人以上が肺がんで亡くなっています。
年齢でみると、肺がんの患者数や死亡者数は、40代後半から増え始め、高齢になるほど多くなります。また、患者数は男性のほうが女性より約2倍、死亡者数は約2.4倍多いこともわかっています。
肺がんによる死亡率は、1960年代からずっと増加し続けてきましたが、90年代後半から男女ともにほぼ横ばいの状態となり、近年では減少傾向にあります。それでも2019年のデータでは、男女合計の死亡者数は、すべてのがんの中で肺がんが最も多いという現状があります。
肺がんにはいくつかの種類がありますが、がんの種類では、扁平上皮がんなどに比べて腺がんが増えています。また、世界的な動向をみると、肺がんになる確率は、欧米人と比べて日本人のほうが低い傾向があることがわかっています。
医療の進歩にともない、肺がんの治療法についても研究・開発が進んでいます。地域がん登録における肺がんの5年相対生存率は、非小細胞肺がんで47.7%(2013~2014年診断例)と報告されています。
部位別のがん患者数(2018年)
部位別のがん死亡者数(2020年)
参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス
・がん研究振興財団:がんの統計2022
肺がんと年齢の関係は
年齢ごとの罹患率
全がんとの比較
がんにかかっている人(罹患者)全体と比較すると、肺がんは、男性、女性ともに、高齢になるほどその割合が大きくなることがわかっています。
下表は、2018年度に新たにがんと診断された患者さんのがん種を年齢層別に見たものです。男性では、40歳以上で消化器系(胃、大腸、肝臓など)のがんが5〜6割を占めますが、70歳以上では肺がんと前立腺がんの割合が大きくなっていることがわかります。女性では、40歳代で乳がんが約5割、子宮がんと卵巣がんが合わせて約2割を占めますが、年齢層が上がるほどそれらの割合は小さくなり、肺がんと消化器系のがんの割合が大きくなっています。
年齢階級別 がん罹患部位内訳 (2018年)
肺がんの中での比較
肺がんの中でも、年齢が上がるほど罹患者数が増える傾向は明らかです1)。下表は、肺がんの罹患率(人口10万人に対する肺がん患者さんの割合)を男女、年齢層別にみたものです。男女ともに、特に70歳以上で増加していることがわかります。
また、全体的に女性よりも男性のほうが、1980年以降の罹患率の伸びが顕著です。
年齢階級別 がん罹患率推移(1980年、2000年、2018年)
若年世代のがん
20代、30代の若年世代は肺がんにかかりにくい
20代前半までは、血液腫瘍、脳腫瘍、骨腫瘍、軟部肉腫、胚細胞腫瘍、甲状腺がん、メラノーマなど、希少がんといわれている種類のがんがみられます。年齢が上がって20代後半から30代になると、子宮がんや乳がんなど、より高齢層でもみられるようながんが増加します。若年世代では、高齢者に多くみられるいわゆる5大がん(肺がん、胃がん、肝臓がん、大腸がん、乳がん)にかかる患者さんはあまり多くありません。
若年世代のがんは、全体の中での頻度が低いため、見逃されてしまいやすい側面があります。他の年齢層のがんと比べて診断も遅れやすいといわれています。これらの問題を受け、近年、日本でもAYA(Adolescents and Young Adults:思春期・若年成人)世代と呼ばれる15〜40歳の方に対するがん対策のあり方が検討されるようになっています。
年齢に応じた治療方法
肺がんでは80歳以上でも積極的に手術をするの?
一般的に、肺がんの手術適応は、年齢だけでなく、基本的な心肺機能検査や血液検査などをふまえて、全身状態を総合的に評価したうえで判断します。80歳以上と言っても、元気な方もいれば、他にいくつか病気を抱えている方もいらっしゃいます。身体の状態がよく、肺がんのステージが早期であれば、手術のリスクに見合うだけの予後が期待できる可能性もあります。
肺がんの統計と予後
予後とは
病気にかかった患者さんの今後の見通しのことで、病気や治療が進むと、将来、どのような状態になるかを医学的な見地から予測したものです。
「予後が良い(予後良好)」という場合、病気が良くなる可能性が高いことを指し、「予後が悪い(予後不良)」という場合、病気が悪くなる可能性が高いことを指します。
予後という言葉に、“今後生存できる期間”、すなわち余命の意味を込めることもあります。その場合、「予後が良い」とは余命が長い可能性を意味し、「予後が悪い」とは余命が短い可能性を意味します。
肺がんの予後の考え方
肺がんの予後は、5年生存率(正しくは5年相対生存率)に基づいて説明されることが多いでしょう。
5年生存率は、診断または治療開始から5年後に生存している患者さんの割合を示したものです。手術でがんを取り除いた後、5年間を再発なしで経過したら治癒したと考えられることも多いので、5年生存率が予後の指標となります。
2020年現在、肺がんの5年生存率は、非小細胞肺がんが47.7%、小細胞肺がんが11.6%です。病期(ステージ)別の5年生存率は、非小細胞肺がんの場合、Ⅰ期(ステージ1)が84.1%、Ⅱ期(ステージ2)が54.4%、Ⅲ期(ステージ3)が29.9%、Ⅳ期(ステージ4)が8.1%です。一方、小細胞肺がんの場合は、Ⅰ期(ステージ1)が44.7%、Ⅱ期(ステージ2)が31.2%、Ⅲ期(ステージ3)が17.9%、Ⅳ期(ステージ4)が1.9%です。
肺がんの予後は、治療を受けたか否かによって異なり、治療を受けたのであれば、どのような治療を受けたか、いつから治療を開始したかによっても変わります。また、それぞれの患者さんの体力や他の病気を持っているかどうかなど、いろいろな要素に影響されます。肺がんの治療方法は日々進歩しており、それに伴って肺がんの予後も良くなっていくことが期待されます。
参考:
・国立がん研究センター:がん診療連携拠点病院院内がん登録2013‐2014年生存率集計報告書,2021年
(日本のがん診療連携拠点病院・都道府県推薦病院で治療を行った肺がん患者108,934名を対象として算出)
肺がんの生存率とは
肺がんと診断されてから、または治療を始めてから一定期間たった時点で生存している患者さんの割合です。
具体的には、多くの肺がん患者さんの治療経過の情報を集計して統計を作成し、そのなかで所定の条件を満たす患者さんの診断または治療開始から「●年時点で生存している確率」を算出したものです。
治療によりがんをすべて取り除いた後、5年を過ぎても再発や転移がなければがんが治った(寛解)と考えるため、便宜上、5年生存率がよく用いられます。ただし、治療後の生存期間が長いがんや早期がんでは5〜10年生存率を、治療後の生存期間が比較的短いと考えられるがんや進行がんでは1〜3年生存率を用いることもあります。
生存率には、実測生存率と相対生存率があります。
実測生存率とは、がん以外の原因で亡くなった場合を含めた生存率です。
相対生存率とは、がん以外の原因で亡くなるリスクを調整した生存率で、実測生存率の対象としたがん患者と同じ年齢、性別の一般日本人の生存率で実測生存率を割った数値です。
生存率は、ある集団における一定期間のデータを元に算出したもので、それをそのまま個人の患者さんに当てはめることはできません。また、肺がん治療は日々進歩しており、数年前の過去のデータと最新の治療による治療成績を比較できないこともあるので参考程度に考えましょう。
病期(ステージ)や年齢などによる生存率の違い
生存率は、年齢や性別、病期(ステージ)などによって変わります。
このため、どのような特徴をもった患者集団の生存率かを確かめることが大切です。
日本人の肺がん患者さんの性別、病期(ステージ)別の5年相対生存率*は下記のとおりです。
患者さんの特徴 | 相対生存率 | |
---|---|---|
性別 | 男性 | 40.8% |
女性 | 61.0% | |
病期(ステージ)別 | I期(ステージ1) | 84.1% |
II期(ステージ2) | 54.4% | |
III期(ステージ3) | 29.9% | |
IV期(ステージ4) | 8.1% |
- ※日本のがん診療連携拠点病院で治療を行った非小細胞肺がん患者99,579名を対象として算出
肺がんの5年相対生存率は男性より女性で高くなっています。その原因として、喫煙(タバコ)習慣の違い、薬物療法の効果の違い、発現する副作用の違い、組織型の違いなどが影響しているのではないかと考えられていますが、詳細はわかっていません。
病期(ステージ)が進むと生存率は下がる傾向にあります。これは、I〜II期(ステージ1〜2)、III期(ステージ3)の一部では手術によってがん細胞をすべて摘出できれば治癒の可能性がありますが、IV期(ステージ4)では手術でがんをすべて取り除くことは難しいためです。
参考:
・国立がん研究センター:院内がん登録2013-2014年 5年生存率集計,2021年
高齢者の肺がん治療
高齢者の定義
何歳からを高齢者とするかについてはいろいろな考え方がありますが、日本の「高齢者の医療の確保に関する法律」では65〜74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者としています。このため、一般的には65歳以上を高齢者と呼ぶことが多いでしょう。
しかし、現在の高齢者は、10〜20年前に比べると心身の健康状態が明らかに良く、65歳以上でも元気な方がたくさんいらっしゃいます。このため、日本老年医学会と日本老年学会では、65〜74歳を准高齢者、75〜89歳を高齢者、90歳以上を超高齢者と定義してはどうかと提案しています。
なお、肺がんでは、新たに肺がんと診断された患者さんの約8割が65歳以上、約5割が75歳以上と、高齢の患者さんが大半を占めています(国立がん研究センターがん対策情報センター、年齢階級別肺癌罹患数全国推計値 2013年)。
がんの進行に対する年齢の影響は一概にはいえず、患者さんの体力やその他の病気の有無、肺がんの組織型等によりさまざまです。高齢者だからがんの進行速度が速い、あるいは遅いといったことは明らかにはなっていません。
治療方法
日本肺癌学会が作成している「肺癌診療ガイドライン2021年版」では、75歳以上を高齢者としており、必要に応じて75歳未満の患者さんとは別の治療方法を提案しています。
手術をすべきかどうかを決める際、年齢だけを理由に判断することはありません。一般的に、年齢を重ねると心臓や肺の機能は低下していきますが、検査で問題がなければ手術も選択されます。放射線治療も同様で、年齢だけで放射線治療を行うかどうかを決めることはありません。
高齢になると、がん以外の病気にかかっていることが多く、薬物療法はそのような合併症を悪化させることがあります。また、副作用に耐えられるほどの体力がないこともあります。そこで、「肺癌診療ガイドライン2021年版」によれば、ドライバー遺伝子変異陰性の非小細胞肺がんに対する標準的な薬物療法は2種類の抗がん剤(免疫チェックポイント阻害薬を加えることもあります)でおこなわれますが、75歳を境に異なる薬剤が選択されます。ただし、年齢のみで薬物療法をおこなうかどうかを決めることはありません。
現在では、以前より副作用の少ない薬剤が開発され、副作用をやわらげる治療方法も進歩してきたことから、全身状態が良く、合併症の問題がない、心身ともに元気な高齢患者さんに対しては薬物療法を行うことが増えると予想されています。その一方で、身体の負担を考えて、積極的な薬物療法よりも副作用の少ない治療を選ぶ、あるいは治療しないという考え方もあります。どのような治療方法を選ぶかは、治療に何を望むのか、どのような生活を望むのかをご家族や医師とよく話し合った上で決めましょう。
肺がんを早期発見して予防するには
肺がんをできるだけ早期に発見し、治療を開始するために、肺がん検診が行われています。早期の肺がんには自覚症状がないため、定期的に肺がん検診を受けることで、早期に発見することができる可能性が高くなります。また、これまでの研究から、がんの原因が生活習慣と関連があるとわかっていることから、日本人に推奨される予防法もわかってきました。
ここでは、肺がんの検診と予防について解説していきます。
肺がん検診:検査内容、頻度
40歳を過ぎたら肺がん検診
がん検診の目的は、がんを発見することですが、単に「がんを見つける」ことだけでなく、「早期に発見し、適切な治療をすることでがんによって亡くなる方を減らす」ことです。総合的にみて、検診を受けるメリットがデメリットを上回るように、がん検診の項目が定められています。
肺がんの場合は、40歳を過ぎたら、男女ともに年に1回、検診を受けることが望ましいとされています。この検診対象年齢と頻度は、厚生労働省が「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」で、科学的根拠に基づいて定めているものです。
胸部X線検査、喫煙者では喀痰検査も
肺がん検診では、胸部X線検査(レントゲン検査)を行います。これは、肺全体のレントゲン画像を撮る方法です。タバコをたくさん吸うなど肺がんになるリスクの高い人は、レントゲン検査に加えて、喀痰細胞診を行います。
喀痰細胞診とは、痰を採取して、痰に混じっているがん細胞があるかどうかを顕微鏡で観察する方法です。喫煙者に多いとされる、気管支の太い部分にできる扁平上皮癌は、この検査で見つかる可能性があります。喀痰細胞診の検査対象となるのは、50歳以上で、喫煙指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が600以上の人と定められています。現在たばこを吸っている人だけでなく、過去にたばこを吸っていた人も対象となります。喀痰細胞診は、必ずレントゲン検査と一緒に行われます。
一般的な肺がん一次検診の内容
検診内容 | 問診 | 現在の病状、既往歴、家族歴、過去の検診の受診状況等 |
---|---|---|
検査 | 胸部X線検査(レントゲン検査) | |
喀痰細胞診 ※50歳以上で喫煙指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が600以上の人が対象 |
||
頻度 | 年1回 | |
対象年齢 | 40歳以上 | |
受診場所 | 地方自治体(都道府県、市区町村)、保健所 | |
検診費用 |
自己負担額は市区町村による住民健診、職場での検診などによって異なります。 市区町村が実施しているがん検診には、検診費用の補助があります。 各自治体の検診を受ける方は、お住まいの自治体にお問い合わせください。 |
肺がん検診の流れ
精密検査が必要と言われたら?
肺がん検診で、「がんの疑いがあります」「精密検査を受けてください」などと言われた場合は、そのまま放置せずに、なるべく早く医療機関で精密検査(さらに詳しく行う検査)を受けましょう。
精密検査では、胸部CT検査や、気管支鏡検査などを行います。気管支鏡検査とは、口から気管支に内視鏡を入れて、がんができている可能性のある部位を直接観察する方法です。必要に応じて、その部位の細胞を採取して、悪性の腫瘍かどうかを診断します。
精密検査の方法は、「がんができているかもしれない場所」や、「できているものが悪性の可能性が高いかどうか」など、ひとりひとりの状態によって決められます。
低線量肺がんCT検診について
肺がん検診では、胸部CT検査をすることもあります。現在広く行われている、胸部X線検査、または胸部X線検査+喀痰細胞診の肺がん検診は、早期の小さながんまで見つけることが難しいという現状があるため、人間ドックなどの任意型検診として、CTによる肺がん検診の取組が活発化しています。
一般診療で用いるCT検査は放射線被ばくのリスクが知られていますが、肺がん検診の場合は一般診療よりも格段に低い線量で撮影してもその目的を達成できるため、「低線量CT」を用いて被ばくリスクを最小限にしたほうが良いと考えられています。
低線量肺がんCT検診では、従来の胸部X線検診による写真と比べ、より小さく、より早い時期の肺がんを発見できます。その発見率は約10倍高まるとも言われています。その一方で、本当は肺がんではないのに疑わしい影が見つかる(偽陽性)こともあり、結果的に不要ないくつもの精密検査を受けることになる、というような金銭的、精神的、もしくは時間的損害をこうむる可能性もあります。こうした利益と不利益の双方を知ったうえで、検診を受けることが大切です。
肺がんを予防するには?
禁煙と、他人のたばこの煙を避けることが第一
肺がんを予防するために最も重要なことは、タバコを吸わないことです。喫煙は、肺がんだけでなく、ほかの多くのがんのリスクを高めるものといわれています。タバコを吸わない人は、他人のタバコの煙(受動喫煙)を避けることが大切です。
たばこ以外のリスクと予防方法は
肺がんにかかるリスクを高めるものは、たばこのほかに仕事中に接触・吸入してしまう(職業性曝露)石綿(アスベスト)やクロム粒子、ラドンガス、ディーゼル粒子などがあります。このうちアスベストは胸膜のがんである「中皮腫」の原因物質として有名ですが、肺がんのリスクも高めます。
アスベストは繊維状の天然鉱物で、以前は建物の断熱材や工業製品の材料として広く利用されていました。しかし、アスベストを吸い込むと中皮腫や肺がんを発症するリスクが高まることがわかり、今ではアスベストの使用は全面的に禁止されています。
アスベストを吸引してから肺がんになるまで15〜40年の潜伏期間があります。家や職場の近くにアスベストをあつかう工場があった、あるいはアスベストをあつかう仕事をしていた、家の建材にアスベストが含まれていたなど、生活環境にアスベストが存在していた場合は、1年に1度は、胸部レントゲン撮影等による健康診断を受診されることをおすすめします。肺がんや中皮腫を発症していなければ、その後も定期的に受診し、早期発見につとめましょう。また、アスベストを吸入した経験と喫煙が重なると、肺がんになる危険性が高まることがわかっているので、肺がん予防のためには、やはり禁煙することが重要です。
また、女性ホルモンが肺腺がんの発生と関係している可能性があるという研究報告がありますが、詳しいことはわかっていません。今後、さらなる研究が期待されています。
肺がんの予防策
がんを予防するための生活を心がけましょう
たばこを吸わないことのほかにも、肺がんを含めたがんを予防するための心がけとして、いくつかの方法があります。
お酒は、「絶対にダメ」というものではありませんが、飲み過ぎはよくありません。ほどほどに、節度ある飲酒を心がけましょう。目安として、1日あたり、日本酒なら1合、ビールなら大びん1本、焼酎なら2/3合、ウイスキーならダブル1杯、ワインならボトル1/3本程度が適量とされています。そもそもお酒を飲まない人や飲めない人は、そのまま飲まないことが一番です。
食事について、「これを食べていれば絶対がんにならない」というものは、今のところありません。偏食をせず、さまざまな栄養素をバランスよくとることが大切です。塩分のとり過ぎを避け、1日あたりの塩分摂取量を男性で8g未満、女性で7g未満に抑えることが望ましいといわれています。野菜と果物は不足しないよう、1日350〜400gを目安に、できるだけ毎日とることを心がけましょう。
肥満はよくありませんが、やせすぎもよくありません。肥満度を示すBMI(Body Mass Index:体重(kg)÷身長(m)2)では、中高年期の男性は21〜27、女性は21〜25が標準とされています。この範囲を目安に、適正体重を維持できるといいでしょう。
また、適度な運動習慣をつけることは、がんだけでなくさまざまな病気のリスクを減らし、元気に長生きできることにつながります。積極的に家事をする、買い物や散歩をして、たくさん歩く、趣味として運動を楽しむなど、活動的な生活習慣を心がけましょう。
肺がんの種類:4つのタイプに分けられる肺がん
肺がんの種類
肺がんのがん細胞は顕微鏡で見ることによって、4つの組織型に分類されます。組織型によって、性質やできる部位が異なります。そのほかにも、治療方法による分類や発生部位による分類があります。自分の肺がんの種類をきちんと把握して、今後の治療について主治医とよく話し合いましょう。
組織型による分類
組織型 | 特徴 | 発生しやすい部位 | |
---|---|---|---|
非小細胞 肺がん |
腺がん |
|
肺の奥のほう(肺野部) |
扁平上皮がん |
|
肺の入り口近く(肺門部) | |
大細胞がん |
|
肺の奥のほう(肺野部) | |
小細胞 肺がん |
小細胞がん |
|
肺の入り口近く(肺門部) |
腺がん
唾液の出る唾液腺や胃液の出る胃腺などの腺組織とよく似た形をしているがんのことです。腺がんは、多くの場合、肺の奥のほう(肺野部)の細かく枝分かれした先にできます。女性やタバコを吸わない人にできる肺がんの多くがこの腺がんで、肺がん全体の半数程度を占めます。
扁平上皮がん
皮膚や粘膜など体の大部分をおおっている組織である扁平上皮によく似た形をしているがんのことです。扁平上皮がんはタバコとの関係がきわめて濃厚で、大部分は肺の入り口に近い肺門部にでき、肺がん全体の25〜30%を占めます。
大細胞がん
扁平上皮や腺など、体の正常な組織に似たところがないがんのうち、細胞の大きなものを大細胞がんといいます。主に肺の奥のほう(肺野部)の細かく枝分かれした先にできます。大細胞がんは、肺がんのうち数%を占めるくらいです。
小細胞がん
扁平上皮や腺など、体の正常な組織に似たところがないがんのうち、細胞の小さなものを小細胞がんといいます。小細胞がんは、他の組織型に比べて、発育成長が早く、転移もしやすいのが特徴です。多くは肺の入り口に近い肺門部にでき、肺がん全体の10〜15%を占めます。
その他の分類による肺がんの種類
治療方法でみると、肺がんは大きく分けて、非小細胞がん(腺がん・扁平上皮がん・大細胞がん)と小細胞がんで分けられます。
治療方法による分類
特徴 | |
---|---|
非小細胞がん |
|
小細胞がん |
|
その他、肺がんはがんの発生部位によって肺門型肺がんと肺野型肺がんに分けられます。
発生部位による分類
特徴 | |
---|---|
肺門型肺がん |
|
肺野型肺がん |
|
肺門型肺がんと肺野型肺がん
参考:
日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
肺腺がんとは
肺腺がんの概要
肺腺がんは4つのタイプに分けられる肺がんの中で最も発生頻度の高いがんで、肺がん全体のおよそ半数が腺がんであるといわれています。
女性やタバコを吸わない人にも多く、肺の奥のほうのこまかく枝分かれした先にできるため、初期には症状がないことが肺腺がんの特徴です。がんが進行すると、胸痛、咳、痰などの一般的な呼吸器疾患でもみられる症状があらわれますが、肺腺がんに特有の症状はありません。また、肺とは関係がないと思われる頭痛やふらつきといった症状がみられることがあります。これは脳への転移による症状ですが、この他にも転移した臓器にさまざまな症状がみられることがあります。
肺腺がんが転移しやすい臓器は脳、骨、肝臓、肺、副腎、リンパ節です。肺転移の場合、肺の中の原発巣とは異なる場所に新たながんが生じます。
主な転移部位と症状
肺腺がんの検査と治療
検診のときや他の病気で医療機関にかかっていて撮影した胸部X線写真で、肺に異常な影が見つかると肺がんが疑われます。肺がんが疑われると、CT検査、喀痰細胞診などを行い、病変の有無や場所を調べます。その後、確定診断のために、胸部X線写真の異常な場所から組織や細胞を採り出して、がん細胞であることを顕微鏡で確認します。
がんを疑う組織の病理検査の結果、肺腺がんと診断されたら、がんの広がりや別の臓器への転移の有無を調べるために画像検査を行います。また、肺腺がんでは、治療法を検討する際に血液検査を行い、がん細胞の遺伝子の変異を調べることがあります。このほか、血液検査で腫瘍マーカーが測定されることもありますが、肺がんを見つける目的ではなく、治療効果を確認するときや、再発しているかどうかを判断するときに補助的に行われます。
肺腺がんの診断と治療のための検査
レントゲン(胸部X線検査) | 肺の中のがんを疑う影の有無を調べます。 | |
---|---|---|
CT | 体の断面を描いたり、得られた写真から立体構成を描いたりすることが可能で、がんの大きさや周囲の臓器への広がりなど、胸部X線検査よりも多くの情報が得られます。 | |
内視鏡検査と 細胞診検査 |
喀痰細胞診 | 痰の中のがん細胞の有無を調べます。 |
確定診断のための 病理検査 |
|
|
その他の画像検査 | リンパ節や別の臓器への転移を調べるために、必要に応じて、MRI検査、超音波(エコー)検査、骨シンチグラフィ、PET-CT検査などの画像検査を行います。 | |
血液検査 | 遺伝子変異検査 |
|
腫瘍マーカー検査 |
|
肺腺がんになりやすい人とは
肺腺がんの原因は不明です。肺がんでは家系的に遺伝するような発がんの直接の原因となる遺伝子変異は見つかっていません。発がん物質の解毒機構に関わる遺伝子についてはある程度研究が進んでいますが、研究はまだ初期の段階であり、根拠としては不十分です。
肺腺がんは非喫煙者でも発生しやすいタイプの肺がんと言われますが、どちらかといえば非喫煙者よりも喫煙者のほうが発生の確率は高いです。また、肺腺がんは受動喫煙の影響が強く、喫煙者が配偶者の場合に非喫煙者の女性でも肺腺がんが発生する確率が高まることがわかっています。
肺腺がんと扁平上皮がん
肺がん全体に占める割合が肺腺がんに次いで多い扁平上皮がんは、ヘビースモーカーの人に多い肺がんです。これに対して、肺腺がんにはタバコと関係のあるものとないものがあると考えられています。最近では、男性の喫煙者の減少により扁平上皮がんは減少していますが、肺腺がんは増加しています。
肺の入り口付近にできる扁平上皮がんは、早い時期から咳や血痰などの初期症状がでやすい肺がんです。
肺腺がんと扁平上皮がんの特徴
組織分類 | 特徴 |
---|---|
腺がん |
|
扁平上皮がん |
|
小細胞肺がんとは
小細胞肺がんの概要
小細胞肺がんは、主に4つのタイプに分けられる肺がんの中では3番目に多いものです。
肺がん全体の10%を占め、タバコとの関連が強いがんであることがわかっています。がん細胞は増え続ける(増殖)速度が速く、比較的転移しやすいという特徴がありますが、薬物療法や放射線治療が効きやすく、これらの治療を組み合わせることで症状をやわらげたり、症状の出現を遅らせる効果が期待できます。
限局型と進展型の違い
がんの広がりによって限局型と進展型に分類され、それぞれに適した治療方法が選択されます。
限局型
<状態>
がんが放射線療法の可能な範囲にとどまっている状態をいいます。
- ・がんが原発巣(最初にがんができたところ)と同じ側の肺にとどまっており、胸腔や心臓に「悪性胸水」「悪性心嚢水」と呼ばれる体液がみられない場合。
- ・同じ側のリンパ節転移(鎖骨上、縦隔、肺門リンパ節)と、反対側の縦隔リンパ節への転移がみられる場合も含む。
限局型小細胞肺がんの病変の範囲
進展型
<状態>
放射線を照射できる範囲を越えてがんがひろがっている状態をいいます。
- ・肺以外の臓器に転移している場合
- ・原発巣以外の肺に転移している場合
- ・悪性胸水、悪性心嚢水がたまっている場合
- ・原発巣と反対側の肺門リンパ節に転移している場合
進展型小細胞肺がんの病変の範囲
小細胞肺がんの症状
肺がんは特有の症状は現れにくいものですが、がんが進行するに伴い、胸痛、咳、痰などの一般的な呼吸器疾患でもみられる症状が現れます。
小細胞肺がんは増殖が極めて速いため、頭痛や骨の痛みなどの転移による症状もみられます。非小細胞肺がんと比較して診断時には何かしらの症状を有していることが多いとされます。
また、小細胞肺がんはホルモンを分泌するがんであるため、特有の症状(腫瘍随伴症候群)を起こす場合があり、それが肺がん診断のきっかけになる場合もあります。この症状を経験する患者さんは肺がん患者さんの10~20%程度ですが、小細胞肺がんで起こりやすいものです。
【小細胞肺がんでみられる腫瘍随伴症候群の例】
種類 | 主な症状 |
---|---|
抗利尿ホルモン不適合分泌症候群 | けいれん、意識の低下、頭痛、吐き気、嘔吐、食欲不振など |
クッシング症候群 | 肥満、ムーンフェイス(満月様顔貌)、皮膚が黒くなる、血圧上昇、血糖値上昇など |
ランバート・イートン症候群 | 筋力低下、自律神経異常など |
小細胞肺がんの治療
小細胞肺がんの治療は「限局型」か「進展型」かによって異なります。基本的には薬物療法と放射線治療が中心で、限局型のごく早期の場合は、手術も選択されることがあります。
限局型小細胞肺がんの治療
- ・化学療法(抗がん剤)と放射線治療を併用する「化学放射線療法」が中心となります。
- ・ごく早期の場合、手術のみ、あるいは手術後に薬物療法を追加する治療がおこなわれることもあります。
- ・化学放射線療法によりほぼがんが消失したと判断された場合、脳への転移を予防するために脳全体に放射線を照射する「予防的全脳照射」がおこなわれることもあります。
進展型小細胞肺がんの治療
- ・薬物療法が中心で、化学療法(抗がん剤)が中心となります。免疫チェックポイント阻害薬と併用することもあります。使用する薬剤は患者さんの体の状態よって異なります。
- ・がんそのものの治療ではなく、がんによる痛みなどの症状をやわらげることを目的に放射線療法(緩和的放射線治療)がおこなわれることもあります。
参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス
・渡辺 俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本.2018,小学館
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版, 金原出版株式会社
・清水 英治ほか:日内会誌. 1999;88(11), 2252-2259,
覚えておきたい、肺の構造と名称
胸の中の構造
肺がんは、さまざまな検査を受けたり、長い時間をかけて治療をしなければならない病気です。 検査や治療をすすめていくにあたっては、主治医から十分な説明を受けて、それをよく理解したうえで同意することが大切です。主治医の話を聞く前に、肺がんの基礎知識として、治療法の選択基準となる肺がんの種類・肺がんの大きさと広がりについて知っておきましょう。
胸の中の構造を確認する
肺がんの転移について知る
がんの転移とは
転移とは、がん細胞が別の部位に移動し、そこで増えることをいいます。
がん細胞は、血液やリンパ液の流れにのって移動し、行き着いた先で増えていきます。
肺には多くの血管やリンパ管が集まっているため、肺からほかの部位への転移、ほかの部位にできたがんから肺への転移、どちらも起きやすいといえます。
原発性肺がんと転移性肺腫瘍
最初に肺にできたがんは「原発性肺がん」、ほかの部位にできたがんが肺に転移したものは「転移性肺腫瘍」と呼ばれます。
たとえば、大腸がんが肺へ転移したら、“大腸がんを原発とする転移性肺腫瘍(大腸がんの肺転移)”、肺がんが脳へ転移したら、“肺がんを原発とする転移性脳腫瘍(肺がんの脳転移)”です。
転移性肺腫瘍は、元のがんの性質をもっているので、原発性肺がんとは治療方針が異なります。このため、原発性か転移性かを見分けることはとても大切です。
初めて肺にがんが発見されたときは原発性肺がんである可能性が高いのですが、ほかの部位にがんがある場合や、以前、ほかのがんにかかったことがある場合は転移性肺腫瘍の可能性もあります。転移性肺腫瘍は、病巣が2個以上であることが少なくありません。
原発性か転移性かを見分けるには、採取した肺のがん細胞と、ほかの部位または以前かかったがんのがん細胞とを比較し、形状や種類、遺伝子の状況などを確認します。
肺がんの転移の種類
転移は、方法によって血行性転移、リンパ行性転移、播種性転移に分けられます。
血行性転移は、血液の流れにのってがん細胞が移動し、転移を起こすことです。
リンパ行性転移は、リンパ液が集まるリンパ節という部位にがんが転移し、そこからリンパ液の流れにのってほかのリンパ節へとがん細胞が広がることです。
播種性転移とは、胸部の空間(胸腔)や腹部の空間(腹腔)にがん細胞がばらまかれるように広がることです。
肺には多くの血管とリンパ管が集まっているので、肺がんは血行性、リンパ行性に転移しやすく、特に脳、骨、肝臓、副腎、リンパ節などが好発部位です。
転移の見つけ方と治療
肺がんの遠隔転移を発見するためには、CT検査、MRI検査、PET検査などを行います。
原発巣から離れた部位への転移(遠隔転移)を起こした肺がんは、IV期(ステージ4)と判定されます。IV期(ステージ4)の肺がんは、すべての病巣を手術で取り除くことが難しいため、治療方法は薬物治療や放射線治療が主体となります。
骨転移は、肺がん患者さんの約3〜4割で起こることが知られています。骨転移の治療方法は、痛みや骨折の危険性、脊髄に骨転移があって麻痺などの症状があるときには放射線治療を行うようすすめられています。また、骨転移による痛みを和らげ、骨折の危険性を低下させるための薬物療法を行う可能性があります。
脳転移の治療方法は、症状がみられる場合は放射線治療が中心となります。病巣の数や大きさに応じて、放射線を集中的にあてる定位放射線照射か、脳全体にあてる全脳照射かを使い分けます。転移の数が1個で小さいときには、外科手術が行われることもあります。患者さんの状態によってはステロイド製剤による薬物治療が行われることもあります。症状がない場合、薬物治療も選択肢となります。
肺がんの骨転移、副腎転移、皮膚転移、脳転移
肺がんの転移率
肺がんは比較的転移しやすく、骨、脳、肝臓、副腎、リンパ節などが好発部位です。
転移すると、部位に応じていろいろな症状が現れます。
脳に転移するとむくみが生じ、頭蓋骨内の圧力が高まって、頭痛や吐き気が起こることがあります。肝臓に転移すると、全身のだるさや、体が黄色くなる黄疸が現れることがあり、左右の肺を隔てる縦郭に転移すると、上大静脈が圧迫されて上半身がむくむことがあります。さらに骨の転移では、転移した部位に強い痛みを感じたり、骨折したりします。
肺がんの転移検査と治療方法は?
肺がんであることが確定したら、がんの広がりを調べるためにCTやMRI、PETなどの検査を行います。
CTやMRI、PETなど検査の詳細についてはこちらをご覧ください。
肺がんでは、診断時にすでに骨転移があることも珍しくなく、約24%の患者さんで診断時に骨転移が認められたという報告があります。
肺がんの骨転移について
肺がんでは、診断時にすでに骨転移があることも珍しくなく、約24%の患者さんで診断時に骨転移が認められたという報告があります。骨転移は小細胞肺がんに比べ非小細胞肺がんで起こりやすく、進行非小細胞肺がん患者さんの約30〜40%に骨転移が起こるとされています。
組織型では腺がんで多く、扁平上皮がんで少ないといわれています。
肺がんの骨転移の好発部位は肋骨、胸椎、腰椎などで、まれにひじから下、膝から下にも起こります。腰椎に転移すると腰痛を生じ、進行すると骨折を起こす恐れがあります。がんが広がった骨はもろくなっているため、健康な骨であれば耐えられる重さや衝撃でも骨折してしまうことがあります。これを病的骨折といいます。骨転移が起こったら、組織型にかかわらず、病期はIV期(ステージ4)です。
骨転移の治療法
骨転移の治療には薬物治療、放射線治療、外科的治療があります。
薬物治療では、主に骨折を予防するための骨修飾薬、痛み止めとしての消炎鎮痛薬、モルヒネなどの麻薬、ステロイド製剤が使用されます。骨の吸収と形成のバランスをとって骨折を予防する骨修飾薬には、ビスホスホネート製剤と抗RANKL抗体薬があります。また、ストロンチウム-89という放射線を出す薬剤を注射することで、骨転移による痛みをやわらげる方法もあります。
放射線治療は、骨転移による痛みをやわらげ、骨転移が脊髄を圧迫するために起きるまひを治療し、骨折やまひを予防するために行われます。
外科的治療では、骨転移による神経の圧迫を取り除き、弱くなった骨を補強して骨折を予防します。
最近は、画像検査の技術が進歩し、これまでは発見できなかった小さな骨転移も早期に発見できるようになりました。また、鎮痛薬以外に骨転移による痛みに効く薬剤も登場し、痛みの管理は格段によくなっています。骨転移の痛みはがまんせず、医師や看護師さんに相談しましょう。
肺がんの副腎転移について
肺がんが副腎に転移する頻度は、非小細胞肺がん患者さんの約20%といわれています。
副腎は、血圧を調整するホルモンや、血液中の糖や脂肪分を調整するホルモンなど、いろいろなホルモンを作っている臓器です。副腎に腫瘍ができると最初はほとんど症状はありませんが、進行すれば腹痛や背中の痛みが起こることがあります。
副腎転移の検査および治療法
転移をさがすための検査には、PET検査、CT検査などがあります。
転移が起こると、病期はIV期(ステージ4)となり、薬物治療が行われます。
肺がんの皮膚転移について
一般的にがんの皮膚転移は、がんが発症した臓器の近傍の皮膚に発現しやすいといわれています。しかし、肺がんが皮膚に転移する確率は比較的低いといわれています。
肺がんの皮膚転移の症状としては、一般的には結節型(塊のようなできものができる)、炎症型(発赤などの皮膚に炎症が出る)、強皮症型(皮膚が硬くなる)があるとされ、その中でも結節型が多いといわれています。痛みに関しても個人差があり、自発痛(何もしなくても痛いと感じる)、圧痛(触ると痛みを感じる)がある人もいれば、痛みを感じない人もいます。
さらに進行すると細胞が壊死して潰瘍を形成する場合もあります。潰瘍の症状としては、自発痛を感じたり、体液や血液がにじみ出たり、細菌が感染して生じる独特の不快な臭いなどがあげられます。
肺がんの脳転移について
肺がんの転移性脳腫瘍ともいいます。
脳に転移すると脳がむくみ、頭蓋骨内の圧力が上がるため、頭痛や吐き気が起こることがあります。脳の中枢に転移すると手足のまひが起こり、小脳に転移すると平衡感覚がおかしくなり、ふらつきがでます。
脳転移の治療法
脳転移の数が少ないときは、放射線治療や外科手術が行われます。以前は外科手術が主流でしたが、最近は患者さんの負担が小さい放射線治療が優先的に行われています。
放射線治療には、転移巣をピンポイントに照射する定位放射線照射と、脳全体に放射線を当てる全脳照射があります。定位放射線照射には、1回照射の定位手術的照射(ガンマナイフ)と複数回照射の定位放射線治療があります。どの方法を行うかは、転移の数や部位によって決められます。
脳転移に対する放射線治療では、髪の毛が抜ける、頭痛、だるさ、吐き気などがあらわれることがあります。
脳転移の数が多いときや、症状がないときには、薬物療法が行われることもあります。これまでは、薬物療法は脳転移に対して効果が期待できないといわれていましたが、抗がん剤や分子標的薬の中には脳転移に対して効果があったと報告されているものもあります。
予後と生存率
以前は、がんが脳に転移すると、末期で余命が短いと考えられていました。しかし、現在は放射線治療や薬物療法が進歩したおかげで、以前よりも長い期間、日常生活を送れるようになってきています。
脳転移が起きた後に病気がどのように進むかは、全身状態、頭蓋外に転移巣があるかどうか、年齢などによって決まると考えられています。
将来、子どもを望む方が治療前に注意すべきこと
「妊よう性」とは「子どもを授かるための力」
「妊よう性」とは、「妊娠のしやすさ」「妊娠する力」のことを指し、女性だけに関係するように誤解されがちですが、「子どもを授かるための力」なので、男性にも関係があり、同様に「妊よう性」という言葉を用います。
放射線療法や化学療法(抗がん剤治療)などのがん治療は、卵子や精子を作る細胞に影響し、妊よう性を低下させるリスクがあります。そのため、将来、子どもを持ちたいと考えている場合、がんの治療とともに「妊よう性の保存(温存)」を考える必要が生じます。
肺がんの場合、転移がないステージであれば、卵巣や精巣など、直接生殖に関わる臓器を手術で摘出したり、放射線を照射したりすることもないため、妊よう性への影響は大きくありません。一方、抗がん剤治療は、影響が出ることがあるので注意が必要です。
薬物療法が原因となる不妊
細胞障害性の抗がん剤(がん細胞を殺す薬剤)の中には、男性の場合は無精子症に、女性の場合は無月経になるものがあります。また、ホルモン剤を用いた治療を行った場合、性欲の低下が起きたり、精子を作る精巣や卵子を作る卵巣の機能に障害がでたりする可能性があります。
使用する抗がん剤の種類によって、一時的に妊よう性がなくなってもやがて回復する場合、回復しない場合など、影響は大きく異なります。
妊よう性を保つための選択肢
将来、子どもを望む方は、使用する薬剤の妊よう性への影響を知ることが大切です。一時的な影響であれば、治療後いつから妊よう性は回復するのか、回復しない場合は、治療を延期することは可能かなどを主治医と相談しましょう。また、相談先として産婦人科の医師やスタッフからアドバイスを受けられるかどうかも、主治医や看護師など医療者にたずねてみましょう。
また、化学療法で使用される薬剤が精子や卵子に悪影響を及ぼすことがあり、抗がん剤治療中と治療終了後の一定期間は、避妊が必要です。
精子・卵子を凍結保存する方法も
治療後に子どもを持ちたいと考える場合、精子・卵子を採取して凍結保存するという方法があります。採取は治療開始前が望ましいのですが、特に女性の場合は、事前に排卵を誘発するなど卵子の採取までに時間がかかるため、治療開始後におこなうこともあります。
精子・卵子の凍結保存にかかる費用は全額が自己負担です。採取時だけでなく保存には継続的な費用が発生しますので、主治医や医療スタッフと相談して保存の必要性についてしっかりと考える必要があります。
肺がんの診断に必要とされる検査
肺がんの検査として、画像検査・病理検査・バイオマーカー検査など、さまざまな検査がおこなわれます。検査ごとに特徴があり、目的に応じて使い分けます。
咳、痰などの症状がある場合や、検診で肺がんを疑われた場合は早めに専門医を受診し、検査を受けるようにしてください。
レントゲン(単純胸部X線検査)
肺のX線写真を撮影し、がんを示す陰影がないかを調べます。肺がん診療の最も基本的な検査で、診断だけでなく治療効果判定などのためにも繰り返し用いられます。簡便で被ばく量も少ないため、広く普及している検査です。
CT(コンピューター断層撮影)
レントゲン(単純胸部X線検査)よりも精度が高く、初期の小さながんや、骨に隠れたがんも見つけることができます。さまざまな方向の断面像や立体像を描くことができ、がんの広がりの評価もできるなど、得られる情報量が多いことが特徴です。放射線被ばくのデメリットを考慮して、検査の要否を判断する必要があります。
その他の画像検査
その他の画像検査には、MRI、骨シンチグラフィ、PETなどがあり、がんの広がりや他の臓器への転移の有無を調べることができます。
内視鏡検査
内視鏡検査は、口や鼻から気管支鏡を入れて行うものと、胸壁にあけた穴から胸腔鏡を入れて行うものがあります。気管支鏡検査は局所麻酔のみで、外来で行うことができる検査です。胸腔鏡検査は、全身麻酔が必要で患者さんへの負担も大きいため、気管支鏡検査で診断がつかないときに行われることがあります。
細胞診断・組織診断
画像検査や内視鏡検査で肺がんが疑われたときは、確定診断のための検査を行います。肺がんが疑われる部位から検体を採取し、採取した組織もしくは細胞を検査してはじめて本当に肺がんかどうかが確定するのです。検査方法は、疑われる肺がんの部位や種類に応じて選択します。
血液検査
腫瘍マーカーとは、がん細胞に対して体が反応することによって産生される物質です。血液検査により比較的簡単に測定できますが、がん以外の病気で産生されることもあるため、この検査だけでがんの有無を確定することはできません。肺がんの診断においてはあくまで補助的な手段であり、治療効果の判定や転移・再発の予測に用いられることもあります。
遺伝子検査
肺がん(非小細胞肺がん)と診断された場合、がんの増殖や転移などにかかわる遺伝子変異の有無を調べる検査を行うのが一般的です。遺伝子変異が認められれば、その変異に適した分子標的治療を行うことで、治療効果が期待できるからです。多くの場合、遺伝子変異検査は、肺がんの確定診断のために採取した検体を用いて行われます。
肺がんの大きさと広がり:TNM分類ってなに?
肺がんのステージ(病期)とは - 進行度の分類
肺がんは、がんの大きさと広がりによって進行度を分類し、ステージ(病期)を判断します。
進行度の分類には、TNM分類が用いられ、T-原発腫瘍の進展度、N-リンパ節転移、M-遠隔転移の組み合わせによりステージが定められます。
肺がんのステージには、Ⅰ期(ⅠA、ⅠB)、Ⅱ期(ⅡA、ⅡB)、Ⅲ期(ⅢA、ⅢB、ⅢC)、Ⅳ期(ⅣA、ⅣB)があります。たとえば、肺のがんが小さく、肺の中だけにとどまっている場合はステージⅠ期に分類されます。がんの進行の程度に応じて、Ⅱ期、Ⅲ期、Ⅳ期とステージが上がっていきます(ステージ分類の詳細はこちら)。
自分のがんのステージを知り、進行度をきちんと把握して、今後の治療について主治医とよく話し合いましょう。
TNM分類(UICC-8版)
解説 | 分類 | |
---|---|---|
T‐原発の進展度 |
原発腫瘍(最初にできたがんの大きさ)を」をあらわし、大きくはT1~T4の4段階に、さらにa~cなど分類されます。 検査方法:
胸部造影CT、FDG-PET/CT |
TX T0 Tis T1mi T1a T1b T1c T2a T2b T3 T4 |
N‐リンパ節転移 |
所属リンパ節(肺の周囲にあってがんが転移しやすいリンパ節)への転移の有無をあらわし、転移がない場合はN0、ある場合はどのリンパ節に転移しているかによってN1~N3に分類されます。 検査方法:
胸部造影CT、FDG-PET/CT |
NX N0 N1 N2 N3 |
M‐遠隔転移 |
離れた場所(反対側の肺や、肝臓、骨、筋、副腎等肺以外の臓器)への転移の有無をあらわし、転移がない場合はM0、ある場合はM1に分類、a~cに細分化されされます。 検査方法: FDG-PET/CT、頭部造影MRI |
M0 M1a M1b M1c |
TNM分類:T‐原発巣の進展度
腫瘍の大きさ
TX
原発腫瘍の存在が判定できない、あるいは、喀痰または気管支洗浄液細胞診でのみ陽性で画像診断や気管支鏡では観察できない
T0
原発腫瘍を認めない
Tis
上皮内がん(carcinoma in situ):肺野型の場合は、充実成分径0cmかつ病変全体径≦3cm
T1・T1mi
T1:腫瘍の充実成分径≦3cm、肺か臓側胸膜に覆われている、葉気管支より中枢への浸潤が気管支鏡上認められない(すなわち主気管支に及んでいない)
T1mi:微小浸潤性腺がん:部分充実型を示し、充実成分径≦0.5cmかつ病変全体径≦3cm
T1a・T1b・T1c
T2
充実成分径>3cmでかつ≦5cm、または充実成分径≦3cmでも以下のいずれかであるもの
- ・主気管支に及ぶが気管分岐部には及ばない
- ・臓側胸膜に浸潤
- ・肺門まで連続する部分的または一側全体の無気肺か閉塞性肺炎がある
T2a:充実成分径>3cmでかつ≦4cm
T2b:充実成分径>4cmでかつ≦5cm
T3
充実成分径>5cmでかつ≦7cm、または充実成分径≦5cmでも以下のいずれかであるもの・壁側胸膜、胸壁(superior sulcus tumor を含む)、横隔神経、心膜のいずれかに直接浸潤・同一葉内の不連続な副腫瘍結節
T4
充実成分径>7cm、または大きさを問わず横隔膜、縦隔、心臓、大血管、気管、反回神経、食道、椎体、気管分岐部への浸潤、あるいは同側の異なった肺葉内の副腫瘍結節
TNM分類:N-リンパ節転移
リンパ節への転移の有無
NX
所属リンパ節評価不能
N0
所属リンパ節転移なし
N1
同側の気管支周囲かつ/または同側肺門、肺内リンパ節への転移で原発腫瘍の直接浸潤を含める
N2
同側縦隔かつ/または気管分岐下リンパ節への転移
N3
対側縦隔、対側肺門、同側あるいは対側の前斜角筋、鎖骨上窩リンパ節への転移
TNM分類:M‐遠隔転移
離れた場所の腫瘍の有無
M0
遠隔転移なし
M1
遠隔転移がある
M1a:対側肺内の副腫瘍結節、胸膜または心膜の結節、悪性胸水(同側、対側)、悪性心嚢水
M1b:肺以外の一臓器への単発遠隔転移がある
M1c:肺以外の一臓器または多臓器への多発遠隔転移がある
肺がんがリンパ節に転移した場合は
人間の体には、血管と同じように全身をめぐるリンパ系というネットワークがあります。リンパ系は、体中に張りめぐらされたリンパ管と、リンパ管の集まるリンパ節からできており、細菌やがん細胞をやっつける免疫機能を担っています。
がんが大きくなって近くのリンパ節に広がると、がん細胞がリンパ管を通って、別のリンパ節へ転移するリンパ行性転移が起こります。肺には多くのリンパ節があるため、肺がんはリンパ行性転移を起こしやすいがんといえます。
リンパ節転移が起こると、リンパ節が腫れて周囲の神経や器官を圧迫するため、いろいろな症状が起こります。
リンパ節への転移とステージ・症状
がんの部位に応じて転移しやすいリンパ節がグループ化されており、それを所属リンパ節といいます。
肺がんでは、肺門(肺の入り口周辺)リンパ節、肺内(肺の中)リンパ節、縦隔(左右の肺に挟まれた空間)リンパ節という3つのグループに分かれます。
所属リンパ節への転移の段階はN因子(NX、N0、N1、N2、N3)で表され、病期(ステージ)を決める要素の一つです。数字が大きくなるほど、転移の範囲が広がっていることを示します。
肺がんのリンパ節転移をN因子で表すと、
NXは、所属リンパ節に転移があるかどうか評価できないことです。所属リンパ節がすでに摘出されているときなどにNXとなります。
N0は、所属リンパ節に転移がないことです。
N1は、最初にできたがん(原発巣)と同じ側の気管支周囲や肺門または肺内リンパ節に転移があることです。
N2は、原発巣と同じ側の縦隔リンパ節または気管支が分かれる部位のリンパ節に転移があることです。
N3は、原発巣とは反対側の縦隔リンパ節や肺門リンパ節または鎖骨上のリンパ節、首の付け根にあるリンパ節に転移があることです。
肺の入り口や気管支周辺のリンパ節に転移があると、咳がでてくることがあります。
気管支前リンパ節に転移が起こると、上大静脈が圧迫されるので上半身のむくみや息切れ、頭痛、めまい、眠気などの上大静脈症候群があらわれることがあります。
左側の気管支リンパ節に転移が起こると、かすれ声が起こることがあります。
リンパ節転移があると、病期(ステージ)はII期以上と判定されます。
リンパ節転移の検査
肺がんのリンパ節転移を調べるための画像検査には、CTやPET(ポジトロン断層撮影法)があります。
CTは、X線とコンピューターを用いて、体を輪切りにした断面像を撮影する検査です。PETは、がん細胞によく取り込まれる物質を体内に注入し、がん細胞が集まっている部位を探しだす検査です。
画像検査で転移が疑われるリンパ節を特定したら、その部位からがん細胞を採取するために気管支鏡検査、縦隔鏡検査、胸腔鏡検査などを行います。
これらの検査で採取した細胞や組織を用いて細胞診検査を行い、肺がんの組織型や病期(ステージ)を決定します。
リンパ節は他の部位と比べて転移を起こしやすいため、原発巣を手術で取り除くとき、同時に、所属リンパ節の切除(リンパ節郭清)も行うのが一般的です。リンパ節をどの程度切除するか(リンパ節郭清度)は原発巣の部位などによって決まります。
リンパ節転移を起こしていても、原発巣とともにリンパ節転移をすべて切除できれば、再発・転移の可能性を低下させることができます。
これまでの検査で原発巣の状態や遠隔転移を確認して、T、N、Mそれぞれが決まります。
それらの組み合わせにより病期が判断されます。
少し細かくなりますが、下に分類表を示します。
肺癌の病期分類(TNM分類)
病期 | T | N | M |
---|---|---|---|
潜伏癌 | TX | N0 | M0 |
0期 | Tis | N0 | M0 |
IA期 | T1 | N0 | M0 |
IA1期 |
T1mi、T1a | N0 | M0 |
IA2期 |
T1b | N0 | M0 |
IA3期 |
T1c | N0 | M0 |
IB期 | T2a | N0 | M0 |
IIA期 | T2b | N0 | M0 |
IIB期 | T1a〜T2b | N1 | M0 |
T3 | N0 | M0 | |
IIIA期 | T1a〜T2b | N2 | M0 |
T3 | N1 | M0 | |
T4 | N0、N1 | M0 | |
IIIB期 | T1a〜T2b | N3 | M0 |
T3、T4 | N2 | M0 | |
IIIC期 | T3、T4 | N3 | M0 |
IV期 | Any T | Any N | M1 |
IVA期 |
Any T | Any N | M1a、M1b |
IVB期 |
Any T | Any N | M1c |
- ※ⅠA期はさらにⅠA1期、ⅠA2期、ⅠA3期に、Ⅳ期はさらにⅣA期、ⅣB期に分類されます。
肺癌取扱い規約 第8版 2017年1月 日本肺癌学会編 P6〜7.
IA・IB期(ステージ1):ごく早期の肺がん
IA,IB期
かなり早期の肺がんです。
治療法としては、手術を受けられる体力があることを前提に非小細胞がんであれば手術を第一に考えます。
小細胞がんであれば、抗がん剤の併用を前提に手術が考慮されます。
ここで体力というのは筋肉の力ではなく、呼吸機能、肝臓、腎臓の機能、心臓の機能などが手術に耐えられるかどうかをいいます。
IIA・IIB期(ステージ2):早期でもやや進行している
IIA,IIB期
IA,IB期と同じくかなり早期に分類されます。したがって、治療の選択方針はIA,IB期と同じです。
しかし、進展度はIA, IB期より高い(T1a〜T3)か、原発巣と同じ側の肺門部へのリンパ節の転移が認められる(N1)場合がありますので、手術による治癒率は低くなり、場合により術後に化学療法や放射線治療を行います。
IIIA期(ステージ3):局所進行がんの初期
IIIA期
TNM分類でⅢA期と分類された肺がんは、転移はないものの、肺局所で進行している進行がんの初期段階です。
局所進展型あるいは局所進行肺がんといわれることもあります。
図は、原発巣と同じ側の縦隔リンパ節に転移がある例です(N2)。
非小細胞がんであれば基本的に手術を行いますが、術後の再発率は高く、治療法の改善努力が注がれています。手術前や後に抗がん剤を使う、放射線治療も組み合わせるなど、色々な方法が検討されていますが、決定的な方法は確立されていません。
手術が不可能と判断された場合は、手術を行わずに抗がん剤と放射線治療を併用する化学放射線療法での治療を行います。
また、化学放射線療法後には免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法が行われることがあります。
小細胞がんの場合は抗がん剤と放射線治療の併用を考慮します。
IIIB・IIIC期(ステージ3):局所進行がん
IIIB期
IIIC期
TNM分類でⅢB・ⅢC期と分類された肺がんは、ⅢA期よりさらに進行した状態の局所進行がんとされています。原発巣側の肺外にリンパ節転移が生じています(N2またはN3)。手術ですべてを取り切ることは難しく、手術をしてもがんが残ってしまう可能性が高いことから、基本的に手術はおこないません。
標準的な治療法としては、化学療法、放射線治療の併用が行われます。その後、免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法が行われることもあります。
小細胞肺がんでは化学療法と放射線治療の併用が検討されます。
IV期(ステージ4)の肺がん:転移性肺がん
IV期(ステージ4)の肺がんとは
TNM分類でⅣ期と分類された肺がんは転移性がんとされています。
転移の中でも、肺から離れた臓器(肝臓、脳、骨など)や原発巣とは反対側の肺、胸膜や心膜に転移したもの(遠隔転移)があればIV期(ステージ4)と判定されます。組織型(腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がん)やリンパ節転移の有無、原発のがんの大きさは問いません。
胸水(肺と胸壁の間にたまった水)や心嚢水(心膜と心臓の間にたまった水)の中にがん細胞がある場合もIV期(ステージ4)です。
IV期(ステージ4)の肺がん患者さんの5年相対生存率は他のステージと比べ低くなります。
5年相対生存率とは、なんらかの治療を受けた患者さんのうち5年後に生存している人の割合と、日本人全体で同じ性別・年齢の人のうち5年後に生存している人の割合を比べたものです。
IV期(ステージ4)といっても、症状があまりない場合は、治療を続けながらこれまでと同じように過ごすことができる患者さんもいらっしゃいます。
IV期(ステージ4)の肺がんの治療
IV期(ステージ4)の肺がんは、多くの場合、手術は難しいため、治療方法は薬物療法が中心です。
肺がんの薬物療法には、化学療法(抗がん剤)、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、化学療法(抗がん剤)+免疫チェックポイント阻害薬併用などが使用されます。どの薬物を使用するかは、患者さんの希望や全身状態、組織型、肺がんの原因となった遺伝子変異、免疫の状態、などによって決めます。
以前は、年齢によって化学療法を行うかどうか判断していましたが、高齢でも元気で体力があり、合併症のない患者さんは化学療法を行うことでメリットがあることがわかっています。このため、現在は、患者さんの体力や合併症の有無などによって化学療法を行うかどうかを決めるようになっています。ただし、高齢の患者さんでは、比較的副作用の軽いお薬を使用したり、お薬の数を減らしたりすることもあります。
症状を軽くするために放射線治療を行うこともあります。例えば、骨に転移があって痛みが強い場合や、脳に転移があって痙攣を起こしたりするような場合です。
脳転移に対する放射線治療には、脳全体に照射する全脳照射と、がん細胞のある部位にピンポイントに照射する定位放射線照射があります。どの放射線治療を行うかは、転移のある部位や患者さんの状態によって決まります。
大量の胸水がたまっているときはそれに対する治療が主体になることもあります。
IV期(ステージ4)の肺がんに対する治療は、症状を軽くし、生存期間を延ばすことが目的となります。
肺がんの病期:ステージ1~ステージ4
これまでの検査で原発巣の状態や遠隔転移を確認して、T、N、Mそれぞれが決まります。
それらの組み合わせにより病期が判断されます。
少し細かくなりますが、下に分類表を示します。
肺癌の病期分類(TNM分類)
病期 | T | N | M |
---|---|---|---|
潜伏癌 | TX | N0 | M0 |
0期 | Tis | N0 | M0 |
IA期 | T1 | N0 | M0 |
IA1期 |
T1mi、T1a | N0 | M0 |
IA2期 |
T1b | N0 | M0 |
IA3期 |
T1c | N0 | M0 |
IB期 | T2a | N0 | M0 |
IIA期 | T2b | N0 | M0 |
IIB期 | T1a〜T2b | N1 | M0 |
T3 | N0 | M0 | |
IIIA期 | T1a〜T2b | N2 | M0 |
T3 | N1 | M0 | |
T4 | N0、N1 | M0 | |
IIIB期 | T1a〜T2b | N3 | M0 |
T3、T4 | N2 | M0 | |
IIIC期 | T3、T4 | N3 | M0 |
IV期 | Any T | Any N | M1 |
IVA期 |
Any T | Any N | M1a、M1b |
IVB期 |
Any T | Any N | M1c |
- ※ⅠA期はさらにⅠA1期、ⅠA2期、ⅠA3期に、Ⅳ期はさらにⅣA期、ⅣB期に分類されます。
肺癌取扱い規約 第8版 2017年1月 日本肺癌学会編 P6〜7.
IA・IB期(ステージ1):ごく早期の肺がん
IA,IB期
かなり早期の肺がんです。
治療法としては、手術を受けられる体力があることを前提に非小細胞がんであれば手術を第一に考えます。
小細胞がんであれば、抗がん剤の併用を前提に手術が考慮されます。
ここで体力というのは筋肉の力ではなく、呼吸機能、肝臓、腎臓の機能、心臓の機能などが手術に耐えられるかどうかをいいます。
IIA・IIB期(ステージ2):早期でもやや進行している
IIA,IIB期
IA,IB期と同じくかなり早期に分類されます。したがって、治療の選択方針はIA,IB期と同じです。
しかし、進展度はIA, IB期より高い(T1a〜T3)か、原発巣と同じ側の肺門部へのリンパ節の転移が認められる(N1)場合がありますので、手術による治癒率は低くなり、場合により術後に化学療法や放射線治療を行います。
IIIA期(ステージ3):局所進行がんの初期
IIIA期
TNM分類でⅢA期と分類された肺がんは、転移はないものの、肺局所で進行している進行がんの初期段階です。
局所進展型あるいは局所進行肺がんといわれることもあります。
図は、原発巣と同じ側の縦隔リンパ節に転移がある例です(N2)。
非小細胞がんであれば基本的に手術を行いますが、術後の再発率は高く、治療法の改善努力が注がれています。手術前や後に抗がん剤を使う、放射線治療も組み合わせるなど、色々な方法が検討されていますが、決定的な方法は確立されていません。
手術が不可能と判断された場合は、手術を行わずに抗がん剤と放射線治療を併用する化学放射線療法での治療を行います。
また、化学放射線療法後には免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法が行われることがあります。
小細胞がんの場合は抗がん剤と放射線治療の併用を考慮します。
IIIB・IIIC期(ステージ3):局所進行がん
IIIB期
IIIC期
TNM分類でⅢB・ⅢC期と分類された肺がんは、ⅢA期よりさらに進行した状態の局所進行がんとされています。原発巣側の肺外にリンパ節転移が生じています(N2またはN3)。手術ですべてを取り切ることは難しく、手術をしてもがんが残ってしまう可能性が高いことから、基本的に手術はおこないません。
標準的な治療法としては、化学療法、放射線治療の併用が行われます。その後、免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法が行われることもあります。
小細胞肺がんでは化学療法と放射線治療の併用が検討されます。
IV期(ステージ4)の肺がん:転移性肺がん
IV期(ステージ4)の肺がんとは
TNM分類でⅣ期と分類された肺がんは転移性がんとされています。
転移の中でも、肺から離れた臓器(肝臓、脳、骨など)や原発巣とは反対側の肺、胸膜や心膜に転移したもの(遠隔転移)があればIV期(ステージ4)と判定されます。組織型(腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がん)やリンパ節転移の有無、原発のがんの大きさは問いません。
胸水(肺と胸壁の間にたまった水)や心嚢水(心膜と心臓の間にたまった水)の中にがん細胞がある場合もIV期(ステージ4)です。
IV期(ステージ4)の肺がん患者さんの5年相対生存率は他のステージと比べ低くなります。
5年相対生存率とは、なんらかの治療を受けた患者さんのうち5年後に生存している人の割合と、日本人全体で同じ性別・年齢の人のうち5年後に生存している人の割合を比べたものです。
IV期(ステージ4)といっても、症状があまりない場合は、治療を続けながらこれまでと同じように過ごすことができる患者さんもいらっしゃいます。
IV期(ステージ4)の肺がんの治療
IV期(ステージ4)の肺がんは、多くの場合、手術は難しいため、治療方法は薬物療法が中心です。
肺がんの薬物療法には、化学療法(抗がん剤)、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、化学療法(抗がん剤)+免疫チェックポイント阻害薬併用などが使用されます。どの薬物を使用するかは、患者さんの希望や全身状態、組織型、肺がんの原因となった遺伝子変異、免疫の状態、などによって決めます。
以前は、年齢によって化学療法を行うかどうか判断していましたが、高齢でも元気で体力があり、合併症のない患者さんは化学療法を行うことでメリットがあることがわかっています。このため、現在は、患者さんの体力や合併症の有無などによって化学療法を行うかどうかを決めるようになっています。ただし、高齢の患者さんでは、比較的副作用の軽いお薬を使用したり、お薬の数を減らしたりすることもあります。
症状を軽くするために放射線治療を行うこともあります。例えば、骨に転移があって痛みが強い場合や、脳に転移があって痙攣を起こしたりするような場合です。
脳転移に対する放射線治療には、脳全体に照射する全脳照射と、がん細胞のある部位にピンポイントに照射する定位放射線照射があります。どの放射線治療を行うかは、転移のある部位や患者さんの状態によって決まります。
大量の胸水がたまっているときはそれに対する治療が主体になることもあります。
IV期(ステージ4)の肺がんに対する治療は、症状を軽くし、生存期間を延ばすことが目的となります。
肺がんのレントゲン(X線)検査
胸部X線(レントゲン)検査の撮影法と仕組み
レントゲン検査とは、画像診断の1つであり、肺のX線写真を撮影し、がんを示す陰影がないかを調べる検査です。肺がん診療の最も基本的な検査で、簡便で被ばく量も少ないため、広く普及しています。
撮影法
通常、立位で胸部の正面や側面からX線を当てて撮影します。X線は人体を透過する際に骨や臓器などのさまざまな組織に吸収されるため、フィルムには透過後のX線が検出されます。X線像は組織性状ごとのX線透過性(吸収度)の差を白〜黒の色調で表したもので、大きく4つに分けられます。
胸部X線検査でわかること
- ・肺がんの発見
- ・肺結核
- ・肺炎・気管支炎などの肺の炎症
- ・肺気腫、気胸、胸膜炎、肺線維症、心臓病、心肥大、胸部大動脈瘤など
胸部X線検査と胸部CT検査の違い
胸部単純X線検査では、立体である肺を一方向から平面の写真に投影するため、骨、心臓、血管、横隔膜などの臓器の影に重なって見えにくい部分がかなり大きく存在します。
一方、胸部CT検査では、多方面からX線を照射してX線吸収度(CT値)を測定し、それをもとにコンピュータで画像化することができます。そのため、体の断面を描いたり、得られた写真から立体構成を描いたりすることが可能で、がんの大きさ、性質、周囲の臓器への広がりなど、胸部X線検査よりも多くの情報を得ることができます。
ただし、胸部CT検査では胸部X線検査よりも被曝量が多くなります。
また、胸部CT検査の方が検査費用がかかります。
CTの撮り方と画像の種類
CT:断層撮影
「ある物体の全体をそのまま投影した影絵の形で見るよりも、その物体を輪切り、あるいは薄切りにしたほうが内部が良くわかるのではないか」
これはその仕事にかかわっているすべての人間が夢見ることでした。最初はX線撮影装置そのものを撮影中に移動させて薄切り像を作りました。これを断層撮影(Tomography)といいます。
ただ、この機械的な断層撮影は周囲のものが写り込むという欠点をもっており、画像も判定するのにかなりの経験を要するぼやけた像でした。
また、周囲のものが写るために骨の後ろに存在するものなどはほとんど撮影不可能でした。例えば頭蓋骨の中身(脳みそです)はレントゲンでは見ることができなかったのです。
しかし、コンピューターの発達に伴い、ある物体にX線を何本もビーム状に照射してそのエネルギーを測定し、ビームの位置関係と減衰の度合いを計算することによって物体の中身を推測し、さらにこの情報を平面図として表現できるようになりました。
これをComputed Tomographyといい、略してCTと呼びます。
CTの撮り方
人間を一本の円柱と考えると、CTを実際に撮るときには輪切りにした方が簡単で、効率がよくなります。従ってCTを撮るときには移動可能なベッドに横たわり、大きな輪の中に入っていきます。
この輪の内部にX線の線源(X線を発射する装置)と検出器があり、ちょうど体をはさむようになっています。撮影のときは線源がX線を発射し、体を通したX線を検出器が受け取りながらぐるりとまわります。(実際にはまわっている検出器は見えません)
検出器が1回まわるごとに一枚の体の輪切りの像ができます。ベッドを少しずつ移動しながら、これを繰り返すことで体全体の輪切りの像を見ることができます。
通常、診察室で見せられるCTの写真はこれらの像を通常のフィルムに出力したものです。胸部のCTの場合は足元から見た形で撮影しているので、向かって左が自分の体の右側になります。寝転がっている自分をもう一人の自分が足元から眺めていると考えてください。
レントゲンとの違い
レントゲン(X線検査)は、X線を当てて、肺の全体像を平面画像としてとらえる検査です。
こ造影剤を使用せずに胸部だけに行うときは、胸部単純X線検査といいます。
肺がんを探すとき(スクリーニング)や治療後の経過観察のとき、再発・転移の部位や胸水の有無を確認するときに行われます。
X線の撮影写真では、骨や心臓は白く写り、肺は黒く写ります。肺の中に白い影があるときには肺がんが疑われます。ただし、肺炎や肺の良性腫瘍などの病気によっても白い影が出るので、X線検査だけで肺がんであると確定することはできません。逆にいうと、X線検査で異常がなかったから肺がんではないとも言い切れません。
通常、立ったまま背中からX線を当てる正面像、腕を上げて体の横からX線を当てる側面像を撮影します。これら2つの写真を併せることで、肺をより立体的にとらえることができます。
胸部X線検査による肺がんの検出感度は60〜80%程度、胸部CT検査による検出感度は93〜94%ですので、CT検査の方がX線検査より肺がんを検出するのに優れているといえます。
CT検査のメリットは、X線検査よりも画像の精度が高いため、小さながんや、臓器のかげに隠れたがんの見落としを防げる可能性があることです。デメリットは、放射線の被ばく量がX線検査と比べ多くなります。また、検査費用が高いという点があげられます。
CT画像の種類
診察室で胸部のCTを見せられると黒っぽいものと白っぽいものがあることに気づかれると思います。白いほうを肺野条件、黒いほうを縦隔条件といいます。ほとんどの場合、同じデーターを2種類の出力で見せているのです。
何故このようなことをするのかというと、デジタルデーターの塊を見ても体の内部を想像することはできないからです。判定するためには、もったいないですが一旦アナログデーターに戻し、画像として見る必要があります。CD、DVDあるいはビデオと同じです。
このときに見たいものをある程度強調しないと見落としが発生します。そこで、肺の中の細い血管、気管支、肺胞(肺を構成している小さな袋です)などを検討するためにその部分を強調してフィルムに出力し、白っぽく見えるのが肺野条件です。
一方、心臓、大動脈、リンパ節、食道、脊椎骨などが集中している縦隔の状況を確認するために出力し、黒っぽく見えるのが縦隔条件です。
2種類の出力をしてもデーターは既に撮り終えた1種類ですから、余分にX線を浴びるわけではありません。
造影CT
造影剤を点滴しながらCTを撮ることです。血管に造影剤が入るとその血管はフィルムの上で白く写ります。塊があったとしてその塊の中に細い血管が大量にあればその塊も白っぽく写ります。
これを原理として造影CTの応用範囲は大変に広いものです。この項では肺がんの診断での重要な点だけにとどめます。
肺がんの診断での造影CTの最大の目的はリンパ節転移の確認です。リンパ節は正常でも肺門部、縦隔にたくさんあるのですが、がんが転移すると大きくなります(腫大するといいます)。
このとき血管と区別のつきにくいことが多いのです。そこで造影をすると血管はより白くなって見えます。これで区別がつくというわけです。
また、肺以外の別の臓器への転移を探すときも造影剤を使わないとわかりにくいことが多く、アレルギーがない限りは必須の検査法になります。
造影剤のアレルギーは軽度のものは少なくなく、顔が赤くなる、蕁麻疹が出る、軽いむかつきが出るといったことが時々あります。
また、まれに重いアレルギー症状が起きることもあります。
MRI、骨シンチグラフィ、PET検査
転移検査に適したMRI
Magnetic Resonance Imaging(核磁気共鳴画像診断法)のことです。
磁場の中での水素原子核の状態を反映する検査です。
磁場の中での検査ですので、金属類の持ち込みは制限されます。心臓ペースメーカー、大腿骨などの人工骨頭の手術を受けた人、脳動脈瘤のクリッピング手術を受けた人、金属ステントの留置を受けた人などはMRIを受けられない場合があります。
現状では検査にかなり時間がかかりますので、動く臓器には不向きです。心臓などですね。
また、水素原子がたくさん存在する必要がありますので、肺もあまり適していません。肺の中には水素より酸素、窒素のほうが圧倒的に多く存在しますし、動く臓器です。
ですから、肺がんそのものの診断にはMRIの有効性は少し精度が落ち、転移を見つける目的でおこなわれます。
特に脳転移の検査には有用です。脳は動きませんし、水分が十分にあります。
次に縦隔のリンパ節転移の検査です。比較的動きは少ないですし、水分は十分にあります。
ただ、縦隔リンパ節は造影のCTで画像診断としては十分な情報を得られますから、MRIの使用は限定的です。
骨・骨髄の転移検査にも有用ですが、今のところ全身の骨を撮ることが難しいので、強く転移が疑われる部分のみの検査となることが多いようです。
CTとよく似た装置ですが、検査室のシールドは厳重で、検査中ドンドコと太鼓のような音がします。
X線を使うCTと違い、ラジオ波(FM放送と同じ)を使いますので、被曝の危険はありません。
ガドリニウムという造影剤を使用して検査の精度を高めることがあります。
骨への転移を調べる骨シンチグラフィ
アイソトープ検査のことです。
アイソトープというのは日本語では「放射性同位元素」のことで、骨シンチグラフィは骨組織に集まる性質をもつ放射性薬物を注射した後、特殊なカメラで撮影し、全身の骨の状況を調べる検査です。骨にがんが転移しているかどうかを調べる目的でおこなわれます。
放射性薬物には、99mTc(テクネシウム)という元素を付けたリン酸化合物を使います。テクネシウムリン酸化合物は骨の代謝や反応の強いところに集まる性質があるので、注射の後で、テクネシウムが集まった場所から出るガンマ線をガンマカメラで写します。
放射線は微量で、消失も速いので被曝の程度は最小限に抑えられます。
注射から画像検査まで3時間程度の間隔が必要です。
患者さんの話を聞くと、ガンマカメラで撮影するときのベッドが硬く、時間もかかるので必ずしも「安楽」とはいかないそうです。
弱点は、テクネシウムは「転移している部分に集まる」のではないということです。骨折箇所や骨の病気にも集まります。また、転移があれば必ず集まるとも限りません。
結果として、写真上では陽性でも転移があるかどうかは即断できず、経験のある臨床医の診断が必要になります。
がんの転移を調べるPET検査
PET検査とは、「陽電子放出断層撮影」という意味で、Positron Emission Tomography(ポジトロンエミッショントモグラフィー)の頭文字からPETと呼ばれています。
検査機器は骨シンチグラフィのような単純なガンマカメラではなく、コンピューター処理し、断層写真を撮るようになります。
肺がんの検査でPETが行われるのは、肺がんの確定診断後および治療中や治療終了後に転移の有無や部位を調べるときです。
肺がんのPET検査で広く使用されている放射性医薬品(ガンマ線という放射線を放出するアイソトープを用いた注入剤)は18F-FDG(18F-フルオロ・デオキシ・グルコース)というものです。このため、18F-FDGを使用するPET検査のことをFDG-PETと呼ぶことがあります。
がん組織の多くはブドウ糖代謝が活発なため、FDGはがん組織に集まります。そこから発生するガンマ線をとらえることによって、がんの有無やおおよその位置がわかります。
PET検査では、18F-FDGを注射して1時間ほど安静にした後、PET装置でガンマ線を検出します。
最近は空間分解能を補う目的で、X線CT(通常のCTです)とほぼ同時に画像を撮ることのできるPET-CTが広まりつつあります。PET検査が、「ブドウ糖の取り込み」というがん細胞の働きを画像化するのに対し、CT検査はX線を使って腫瘍の位置や大きさを画像化します。これら2つの画像を重ね合わせること(フュージョン)で、腫瘍の性質(良性か、悪性か)や位置についての詳しい情報が得られます。PET-CT検査の流れはPETだけの場合とほぼ同じで、費用の目安はおよそ10〜12万円くらいです(保険適用の場合はこの1〜3割負担)。
PET検査の弱点は、他のアイソトープ検査と全く同じで、グルコースが「がん細胞だけに集まるわけではない」ことです。がん以外のグルコース代謝の活発な組織、炎症部位や正常な脳にもFDGは高濃度に集積します。このため、本当はがんであるのに正常または良性と判断してしまう偽陰性や、正常または良性なのにがんと判断してしまう偽陽性という間違いが起こることがあります。
サンプルの写真をご覧ください。頭部に強い集積がみられます。これは脳組織にFDGが高濃度に集まった結果であり脳転移を示しているのではありません。
その他の部分でも、炎症を起こしやすい部位であれば、PETの結果だけでは「がんである」という診断はすぐには下せません。
逆に、がんであってもFDGの集まらないものもあります。
新しい検査で有用性が期待されていますが、「万能であり、これひとつですべてOK」というわけにはいかないのです。
※矢印はがん細胞を示す
内視鏡検査:気管支鏡と胸腔鏡
気管支鏡とは
気管支鏡とは直径6mm程度のファイバーを鼻あるいは口から挿入し、先端のカメラで気管支の内部を観察したり、肺の組織を採取したりする検査です。かつては全身麻酔で水道管のような太いチューブを使っていましたが(硬性気管支鏡といいます)、日本の池田茂人氏によって気管支ファイバーが開発され、患者さんの負担が著しく軽減され、現在は局所麻酔で行われるようになりました。なお、硬性気管支鏡は検査の目的によっては今でも使われています。
気管支鏡を使った検査は、肺がんだけでなく、肺のさまざまな病気の検査としておこなわれています。気管支の粘膜や気管支がふさがっていないかどうかの観察、病巣の一部を採取、気管支内の異物除去、レーザー照射の治療にも用いられています。
ファイバーを挿入する口あるいは鼻に局所麻酔をかけた後、ファイバーをゆっくりと挿入し、気管や気管支内に局所麻酔液を散布しながら、ファイバーを気管支の奥に進めます。局所麻酔液を散布するのは、咳や異物感を軽くするためです。
気管支鏡検査は、気管支内部の観察だけであれば5分から10分で終了します。
病巣が直接確認できた場合、あるいはX線透視で病巣が確認された場合は、その部分の組織を擦過(擦り取ること)あるいは組織の一部を採取します。組織を採取しても痛みはありません。組織採取時の危険性としては出血があります。通常は10分程度で出血は収まりますが、稀に出血で入院等が必要となることも報告されています。
なお最近では、気管支鏡にカメラだけでなく超音波装置を備え(EBUS)、組織を採取する針のついた装置も開発されており、今までできなかった場所から検体が採取できるようになっています。
口あるいは鼻に局所麻酔を噴霧した後、ファイバーをゆっくりと挿入
気管支鏡の観察写真
手術も可能な胸腔鏡
肺の組織が収まっている胸腔というところに内視鏡を挿入し、組織採取や手術を行うものです。胸腔の中に内視鏡を入れておこなう検査を胸腔鏡検査といいます。胸腔鏡検査は気管支鏡検査で診断がつかないときにおこなわれることがあります。全身麻酔をかけておこなう手術の一種と考えたほうがよいでしょう。
通常は皮膚3箇所を1cmくらい切開し、1箇所からカメラを、他の2 箇所からメスや鉗子などの手術具を挿入して処置や検査、手術をおこないます。通常の大きく胸を切開して行う手術に比べると、切開する傷が小さいので、患者さんの体の負担は少なくてすみます。
その一方で、カメラの画像を見ながらの処置・手術となるため術視野が狭く、立体感が乏しいことから、手技は難しくなります。したがって、胸腔鏡の処置・手術中に何か危険が発生した場合に、通常の胸部手術に切り替えて、胸を大きく切開することもあります。
最近では胸水の検査目的などで胸腔鏡を、局所麻酔をかけて行うこともあります。ただしその場合は、肺の一部を切除するような大きな処置は行わないのが普通です。
確定診断のためのさまざまな検査
肺がんの最終判定のための組織診と細胞診
X線写真、CT(この他アイソトープ、MRIその他をまとめて画像診断といいます)などは体の外側から得た、いわば間接的な情報で、現在でも「がん」という確実な診断(確定診断といいます)のためには病理標本の検討が必要です。
もちろん一部の例外はありますし、確定診断を行う余裕のない緊急状態の場合や大きな負担なしには確定診断ができないといった場合などでは画像診断のみで治療を開始することはあります。しかしその場合でも確定診断を得ようとする努力は続けられるのが普通です。
組織診と細胞診
出典:「臨床・病理 肺癌取扱い規約」 2016年12月改訂
第8版 金原出版株式会社 日本肺癌学会 編
肺がんの最終的な判定を行う方法は組織診と細胞診の2種類があります。組織診は検査、あるいは手術でとってきた組織の切れ端をホルマリンで固定し、薄くきった後H-E染色(ヘマトキシリンとエオシンという色素を使うのでこの名前がついています。)して顕微鏡で見ます。細胞の大きさ、形、並び方などを総合的に判定します。別の特殊な染色を使って特定の性質を判断することもあります。
細胞診は、はがれてきた(喀痰細胞診)あるいは剥がしてきた(擦過細胞診)もしくは針を刺して吸引してきた(吸引細胞診)細胞をアルコール固定し、パパニコロー染色という方法で染めて顕微鏡で見ます。細胞の並び方を判断することは困難で、主として細胞の大きさ、形から判断します。
肺という組織は気管支が次々と枝分かれしてできている組織であることと、肋骨に囲まれていてがんの一部を取ってくるのが簡単ではない臓器です。その代わり、がん細胞が剥がれ落ちると痰に混じることがあるという特徴もあります。
痰に混じったがん細胞を見つけ出す:喀痰細胞診
喀痰細胞診
出典:「臨床・病理 肺癌取扱い規約」2017年1月改訂
第8版 金原出版株式会社 日本肺癌学会 編
喀痰とは吐き出した痰のことです。肺の組織から剥がれ落ちて痰に混じったがん細胞を検出する検査です。人間の目で喀痰中のがん細胞の有無をチェックします。検査は専門のスクリーナーという技師が行います。
検査の手順は、できるだけ早朝の喀痰を容器に入れ、乾かないようにして提出するだけです。患者さんにとって苦痛のない簡単な検査ですが、肺がんがあれば必ず痰にがん細胞が混じっているとは限らず、喀痰細胞診の結果が正常であったからといって肺がんがないという証拠にはなりません。
そのため喀痰細胞診は何回か繰り返し行うことで、がんがあった場合の診断精度が高まるとされており、通常3回は行って喀痰中のがん細胞の有無を調べることになっています。
医療施設から遠方にお住まいの人、忙しい人などに自宅で3日間痰をためてもらう方法もありますが、どうしても細胞が変性してしまうため、少し見にくい標本になってしまうようです。
細胞診検査では、検体(この場合痰のことです)をスライドグラスの上で伸ばしてアルコールで固定し、染色して顕微鏡で細胞を観察します。がん細胞があると疑われる場合には、スクリーナーとは別に医師が確認するという手順を踏みますので、結果が出るまでは数日かかります。
気管支鏡で病巣の細胞をとる:擦過細胞診
文字通り細胞を擦ってとってきて検査しようというものです。気管支鏡で気管支をのぞきながら病巣部位を直接ブラシで擦ります。そのブラシを直接スライドグラスにこすりつけてすぐにアルコールにつけて固定して標本を作ります。
病巣が気管支鏡で見えていればほとんどの場合診断がつきますが、気管支鏡で見える範囲よりも遠く(末梢)に病巣があることも多く、この場合はX線透視下に気管支鏡を行い、X線画像を見ながら病巣にブラシを誘導して擦ります。
ブラシのほかにキュレットと呼ばれる小さな匙(さじ)を使うこともあります。また、たいていの場合は同時に生検標本も取るように努力します。
この場合問題はX線透視下の擦過細胞診、生検では病巣にあたらない場合が発生することです。X線は立体的な描写はできませんので確実性は少々低下します。
体外から針を刺して細胞をとる:穿刺細胞診
病巣が非常に末梢にあって気管支鏡からのブラシが届きそうになく、体の外側から針で病巣に届く場合、あるいは体の外側に手で触れるリンパ節が腫大しているときなどに行います。
リンパ節の場合はその表面を触れながら、表面の一部を局所麻酔して少し太い針でリンパ節に針を突き刺して吸引します。注射器の中身をスライドグラスに吹き付けて固定します。確実性も安全性も高い検査です。
肺末梢の病変の場合はそのままでは触れることができませんので、X線透視の上で確認しながら行います。これは経皮肺生検の項で詳しく説明します。標本作成方法はリンパ節穿刺と同じです。
肺がんと胸水
肺をおおう膜と、肺がおさまっている胸部の壁(胸壁)の内側をおおう膜の間にある水のことです。
胸水は、肺がふくらんだり縮んだりするときに膜同士の摩擦をやわらげる役目をもっており、常に少量存在しています。しかし、肺がんや心不全などの病気になると胸水が過剰にたまる“胸水貯留”の状態となり、圧迫感や息切れ、呼吸困難などの症状があらわれます。
胸水には滲出性(しんしゅつせい)と漏出性(ろうしゅつせい)があり、過剰にたまってしまうメカニズムに違いがあります。
滲出性胸水は、胸膜に炎症が起き、血管から水分やタンパク質などが染み出しやすくなるために起こるもので、肺がんや肺炎などが原因です。胸水の色は淡い黄色から黄褐色、濁っているなどさまざまです。
漏出性胸水は、血管内の水圧上昇や血液中のタンパク質濃度が低下して浸透圧が下がるために起こるもので、心不全や肝硬変などが原因です。漏出性胸水の色は淡い黄色か透明です。
また、胸水に血がまざっていると血性胸水、膿がまざっていると膿性胸水です。
肺がんにおける胸水貯留は、肺がんが胸膜に広がったことを示すため、病期はIV期(ステージ4)と判定されます。
胸水の検査:胸水細胞診
胸水の原因が肺がんであれば、胸水の中にがん細胞が含まれていることが多いので、胸水を抜いて細胞診検査を行います。なお、がん細胞が含まれている胸水を悪性胸水と呼びます。
胸水の有無は胸部単純X線写真、横向きになって寝そべった形で撮った胸部単純正面X線写真、CT、超音波などで確認します。
排液の際には、超音波などの画像検査で胸水があると確認された位置の肋骨の間の皮膚に局所麻酔をして注射器あるいはポンプで水を抜きます。一般的に安全性は高く、苦痛も少ない検査です。ただし、肺がんが強く疑われている場合であっても、抜いた胸水のなかにがん細胞が見つからないこともあります。そのような場合、医師はがん細胞が一度見つからなかっただけでは「肺がんではない」と判断せずに、再検査として胸水の採取を何度か繰り返すことがあります。
胸水の治療方法
胸水貯留により症状がみられるときには、針や管を使って胸水を抜く処置が行われます。
胸水穿刺は、超音波などの画像検査で胸水があると確認された場所に注射針を刺し、水を抜きます。
がん性胸膜炎の場合、一度胸水を抜いても、またすぐにたまってしまうことが多いため、管(ドレーン)を胸に差し込んで、持続的に胸水を体外に出す胸水ドレナージという治療が行われます。胸水を抜いた後は、ふたたび胸水がたまらないよう、肺側の膜と胸壁側の膜を薬剤によってくっつける胸膜癒着術が行われることもあります。
胸水穿刺は一時的な処置ですが、胸水ドレナージは長期にわたることがあります。
皮膚の上から針を刺して細胞をとる:経皮肺生検
皮膚の上から細い針を刺し、肺の中にある病巣から検体を採取します。採取した検体は病理・細胞診にまわして診断をつけます。
近年はCT画像を見ながら(CTガイド下で)行われるようになりました。
病巣のある部位の皮膚を消毒し、皮膚・筋肉・胸膜に局所麻酔をかけてから、太さ約1mmの針を皮膚の上から刺し、病巣まで進めます。針が病巣に到達したら、そのまま注射器で吸引するか、針にセットされたカッターで病巣の一部を切り取ります。これを2〜3回繰り返し、針を刺した部分を消毒し、異常がないかどうかを確認して終了します。 全体で15分ほどの検査です。
経皮肺生検は、いくつかの危険性があります。肺はやわらかいスポンジが詰まった風船のような臓器です。それを針で刺すので穴があいて空気が漏れ、肺がしぼんでしまうことがあります(気胸といいます)。たまに、漏れた空気が皮膚の下に溜まることもあります(皮下気腫といいます)。また、肺にはたくさんの血管が通っているのでその血管に針があたって出血することがあります。その他には、麻酔薬のアレルギー、胸膜を刺したときに反射で起きるショックなどが考えられます。
こうした合併症のうち多いのは気胸で、程度の軽いものも含めると、たいていの場合に起こっていると考えられます。症状は肩のほうに抜ける感じの痛みと呼吸困難です。呼吸困難は気胸の程度によって症状の強さが異なり、症状が強い場合は入院が必要になることもあります。通常は24時間程度で症状は落ち着き、1週間程度で多くの場合は回復しますが、まれにチューブで肺の中に漏れた空気を抜く処置が必要になることもあります。皮下気腫は何もしないでも回復することがほとんどです。
出血は一般に大量になることはなく、数時間の安静で落ち着きますが、心臓の病気で血液を固まりにくくする薬を飲んでいる方の場合は注意が必要です。
経皮肺生検
腫瘍マーカーを見る
腫瘍マーカーとは
主にがん細胞が産生する物質で、血液や尿等の体液で測定できるものです。肺がんでは、血液等を使って測定します。がんの種類ごとに使用する腫瘍マーカーは異なります。腫瘍マーカーは肺がんを診断するための検査ではなく、肺がんと診断されたあとに、治療効果や再発等その後の病勢を知るための参考となる検査です。
腫瘍マーカーの数値により、がん細胞の増殖する勢いがわかるので、治療効果がどの程度あったかを知る参考になります。また、治療後に正常化した腫瘍マーカーが異常値を示すときは、がんが再発あるいは再び大きくなっている可能性があり、それを知るための参考にもなります。
また、肺がん以外の病気があるときにも異常値を示すことがあるので、いくつかの腫瘍マーカーを組み合わせることで肺がんの再発や進行を推定します。腫瘍マーカーはあくまでも目安であることに注意しましょう。
腫瘍マーカーの種類
肺がんでよく使用されている腫瘍マーカーには次のようなものがあります。
肺がんのタイプや病期(ステージ)によって検出率が異なります。また、肺がんの他にも複数のがんの腫瘍マーカーとして使われているものもあります。
非小細胞肺がんの主な腫瘍マーカー
- ・CYFRA(シフラ)21-1(サイトケラチン19フラグメント)
- ・CEA(がん胎児性抗原)
- ・SLX(シアリルLex-i抗原)
- ・CA19-9
- ・CA125
- ・SCC(扁平上皮がん関連抗原)
- ・TPA(組織ポリぺプチド抗原)
小細胞肺がんの主な腫瘍マーカー
- ・NSE(神経特異エノラーゼ)
- ・ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)
カッコ内は正式名称ですが、診療の場では略号で呼ばれることが一般的です。
強調しておかなければならないことは、腫瘍マーカーはあくまで診断の補助のための検査だということです。マーカーが低いからといってがんがないとは決していえません。逆にやや数値が上がったことでむやみにおびえる必要はありません。数字で出てくる検査はX線写真やCTに比べてわかりやすいように思ってしまうものですが、決してそうではありません。腫瘍マーカーの結果については、どう解釈すればよいのか医師にも意見を求め、適切に理解することが大切です。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版,金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
ご自身の肺がんに合う薬剤を選ぶための情報を得る
肺がんに関する遺伝子の変異
肺がん(非小細胞肺がん)と診断された場合、がんの増殖や転移などにかかわる遺伝子変異の有無を調べる遺伝子変異検査をおこなうのが一般的です。検査をおこなう遺伝子の種類にはEGFR遺伝子変異やBRAF遺伝子変異、またALK融合遺伝子やROS1融合遺伝子、RET融合遺伝子、MET遺伝子、NTRK融合遺伝子、KRAS遺伝子などがあります。そして、EGFR遺伝子変異やBRAF遺伝子変異が認められれば、EGFRまたはBRAFを治療標的とした分子標的薬(EGFR-TKIまたはBRAF/MEK阻害薬)の治療を、ALK融合遺伝子またはROS1融合遺伝子が認められれば、ALK融合タンパクまたはROS1融合タンパクを治療標的とした分子標的薬(ALK阻害薬またはROS1阻害薬)、RET融合遺伝子が認められればRET融合タンパクを標的とした分子標的薬(RET阻害薬)の治療、MET遺伝子が認められればMETタンパクを標的とした分子標的薬(MET阻害薬)、NTRK融合遺伝子が認められればTRK融合タンパクを標的とした分子標的薬(TRK阻害薬)、KRAS遺伝子が認められればKRASタンパクを標的とした分子標的薬(KRAS阻害薬)の治療を検討することになります。
胸部単純X線写真や胸部CT検査で影があり、がんが疑われた場合には、気管支の中を観察する検査(気管支鏡)や痰にがん細胞が混じっていないかを調べる検査(喀痰細胞診)等を実施し、検体を採取して本当にがんかどうかを確認します。これを確定診断といいます。肺がんはタイプによっても治療法が異なりますから、非小細胞肺がんか小細胞肺がんかを確認することも重要です。
肺がんの遺伝子変異検査は、この確定診断のために採取した検体を用いて同時におこなうことが多く、その場合には新たに検体を採取することはありません。なお、これらの遺伝子検査は保険で認められています。
また近年、がん治療としてがん免疫療法が注目されており、その中でPD-L1という物質が着目されています。肺癌診療ガイドライン2021年版において、遺伝子検査とともにPD-L1検査もおこない、その結果に基づいて治療戦略を考えることが記されています。
なお、PD-L1検査は保険で認められています。
主な肺がんの遺伝子変異と遺伝子変異検査について
肺がんと遺伝子変異の関係
日本における肺がん罹患数は、2021年の予測値で127,400人とされており、非小細胞肺がんの患者さんは肺がん全体の90.3%を占めます。非小細胞肺がんには原因となるような遺伝子異常が知られており、EGFR遺伝子やALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子等があります。これらの遺伝子異常は両親から遺伝されるものではなく、お子さんに受け継がれるものではありません。がん細胞だけにみられる異常です。
代表的な遺伝子と遺伝子変異とは?
EGFRは、がん細胞が増殖するのに必要な信号を細胞内に伝えるタンパク質で、がん細胞の表面にたくさん発現していることが多く、このタンパク質からの信号が細胞内に伝わるとがん細胞が増殖します。
EGFR遺伝子変異は、欧米人よりも日本人の非小細胞肺がんの患者さんに多く、全体の30〜40%に認められます。
ALK融合遺伝子とは、何らかの原因によりALK遺伝子と他の遺伝子が融合することでできる特殊な遺伝子のことです。ALK融合遺伝子があると、この遺伝子からできるタンパク質によってがん細胞を増殖させるスイッチが常にONになった状態になります。ALK融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約3~5%に認められます。
ROS1融合遺伝子は、ROS1遺伝子とさまざまな遺伝子が融合したものです。この組み合わさったROS1融合遺伝子からできるタンパク質により、がん細胞を増殖させるスイッチが入り、がん細胞が限りなく増殖してしまう働きがあることがわかってきました。
ROS1融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約1~2%に認められます。
BRAF遺伝子変異は、細胞増殖を促す信号の通り道であるRAS/BRAF/MEK/ERK経路の途中にあるBRAFという分子の遺伝子が変異したものです。特にV600E変異が非小細胞肺がんの発生と増殖に関係しています。BRAFV600変異は、非小細胞肺がんの約1~3%に認められます。
RET融合遺伝子は、2012年に日本で確認された肺がんのドライバー遺伝子で、がんを引き起こすRET遺伝子に KIF5B 遺伝子が融合したものです。RET融合遺伝子からつくられるタンパクは、チロシンキナーゼというがん細胞の増殖を促す酵素を活性化することで、がん細胞を増殖させます。RET融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約1~2%に認められます。
MET遺伝子は、RAS/MAPK、Rac/Rho、PI3K/AKTの伝達経路に関連します。MET遺伝子の発がん性変異や過剰発現等によって、がん細胞の増殖が生じます。MET遺伝子変異は、肺腺がんの約3~4%に認められます。
NTRK融合遺伝子は、何らかの原因でNTRK遺伝子と他の遺伝子が融合したものです。NTRK融合遺伝子から異常なタンパクがつくられると、がん細胞が増殖するためのシグナルが出続ける状態となり、がん細胞が増殖をします。NTRK融合遺伝子は、非小細胞肺がんの約1%に認められます。
KRAS遺伝子は、細胞増殖のシグナルを核に伝達する重要な役割を果たすタンパクを作り出す遺伝子です。変異が起こると、異常のあるタンパクがつくられ、必要のないときにも細胞が増殖し、がんが発生しやすくなります。KRAS遺伝子変異は、肺腺がんの約10%に認められます。
遺伝子検査の普及
日本肺癌学会では、肺癌診療ガイドライン2021年版の中で、非小細胞肺がんの治療方針の決定の際にEGFR遺伝子や、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子、MET遺伝子など「ドライバー遺伝子」の変異の有無を調べる検査をおこなうことを推奨しています。遺伝子変異検査において同学会では、まずEGFR遺伝子について、「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の解説」(2009年3月、第1版)を作成し、その後「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き」(2020年4月改訂)として作成しています。また、BRAF遺伝子についても、「肺癌患者におけるBRAF遺伝子検査の手引き」(2018年4月)を作成し、EGFR遺伝子変異検査、BRAF遺伝子変異検査の普及、標準化に努めています。
一方、融合遺伝子の検査も普及しつつあります。
融合遺伝子検査において日本肺癌学会では「肺癌患者におけるALK融合遺伝子検査の手引き」(2021年10月改訂)、「肺癌患者におけるROS1融合遺伝子検査の手引き」(2017年4月)を作成し、その標準的な手順を示しています。さらに、MET遺伝子のスキッピングという変異に対して、「肺癌患者におけるMETex14 skipping検査の手引き」(2020年9月)も作成されました。
現在では患者さんのがん細胞からALK遺伝子、ROS1融合遺伝子、RET 融合遺伝子をはじめとした 21遺伝子について一度に調べることができる遺伝子検査法も、治療を選択するための「コンパニオン診断薬」として承認されています。
これらの検査は、患者さん一人ひとりに最も適した治療法を検討するうえで欠かせない検査です。非小細胞肺がんと診断され、薬剤による治療を行うことになった場合には、遺伝子の変異を調べることで、最も適した治療法を選択することができます。
治療薬や治療法について
遺伝子検査により、それぞれの遺伝子異常に応じた薬剤を使って治療を行います。
進行期の肺がん患者さんでEGFR遺伝子変異が見つかったらEGFR阻害剤、ALK融合遺伝子またはROS1融合遺伝子が見つかったらALK阻害剤を使用します。また、BRAF V600E変異が見つかったらBRAF阻害剤とMEK阻害剤を一緒に投与します。MEK阻害剤とは、細胞の増殖を促す信号の通り道であるRAS/BRAF/MEK/ERK経路の途中にあるMEKという分子の働きを阻害する薬剤で、BRAF阻害剤と一緒に投与することにより、がんを小さくする効果が高まります。
RET融合遺伝子が見つかったら、RET阻害薬を使用します。MET遺伝子変異が見つかったら、MET阻害薬を使用します。NTRK融合遺伝子が見つかったら、TRK阻害薬を使用します。KRAS遺伝子変異が見つかったら、KRAS阻害薬を使用します。
これらの遺伝子変異が見つからなかったら、従来から使用されている抗がん剤を使って治療を行います。
参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」
・国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録2020年全国集計報告書」
日本人に多いEGFR遺伝子変異とは?
日本人に多いEGFR遺伝子変異
非小細胞肺がんの細胞の表面にはEGFR(上皮成長因子受容体)と呼ばれるタンパク質がたくさん発現しており、このEGFRは、外部から刺激を受けると、がん細胞が増え続ける(増殖)のに必要な信号を細胞内に伝える役割を担っています。
非小細胞肺がんにはこのEGFRを構成している遺伝子の一部(チロシンキナーゼ部位)に変異が認められる腫瘍があることがわかっています。
変異の中にはEGFRのスイッチを常時ONにして、がん細胞の増殖を促すものもあります。
EGFR遺伝子変異は、日本人の非小細胞肺がんの患者さん全体の30〜40%に認められます。欧米人よりも日本人などのアジア系の人種、男性よりも女性、タバコを吸う人よりも吸わない人に多く、非小細胞肺がんの中でも腺がんの患者さんに多いことなどがわかっています。
遺伝子変異とは、遺伝子(DNA)を作っている塩基(アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の並び方が正常な場合とは異なっている状態のことです。
EGFR遺伝子変異には、いくつかのパターンがあります。特に発現が多い遺伝子変異は、EGFR遺伝子の中のエクソン19という部位の一部がなくなっている「エクソン19欠失」、エクソン21という部位の塩基の並びが入れ替わっている「L858R点変異」です。
また、たばこを吸う人はEGFR遺伝子変異が認められる割合が低い傾向がありますが、腺がんであれば喫煙者の約30%に変異が認められます。
こうしたことから、性別、喫煙歴、がんの種類(腺がん・非腺がん)などの患者背景に関係なくEGFR遺伝子変異検査の実施が勧められます。
肺がんの治療薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)は、EGFR遺伝子変異のある患者さんで効果の高い薬剤といわれています。また、非小細胞肺がんの扁平上皮がんでは、EGFR遺伝子変異の発現頻度がとても低いことがわかっています。このため、扁平上皮がん以外の組織型の非小細胞肺がん患者さんは、薬物療法を開始する前にEGFR遺伝子変異検査をおこない、陽性の場合にEGFR-TKIを使うことが推奨されています。
EGFR-TKIはEGFR遺伝子変異のある患者さんでがんを小さくする効果が高い薬剤ですが、長期間使用していると効果がなくなる“耐性”を生じることがあります。耐性を生じる原因のひとつに「T790M」という新しい遺伝子変異の発現があります。
EGFR-TKIが効かなくなった場合に行う検査
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんで、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の効果が認められなくなってしまった場合には、その原因を調べるためにもう一度組織診断の検査を行います。
生検で採取した組織や細胞はホルマリンで固定し、顕微鏡で観察して細胞の形や特徴を調べるとともに、遺伝子を取り出してEGFR-TKIに対する耐性変異などが生じているかどうかを調べます。
また、血液を採取して遺伝子変異の検査を行う方法もあります。血液を用いた検査は、生検を行うよりも患者さんの負担が少ない検査方法として注目されています。しかし、血液の中に十分にがんの遺伝子がもれでていない場合もあるので、生検による検査の場合より、感度が低かったり、生検による検査と血液検査の結果が一致しないこともあることが報告されています。
こうした検査の結果から、EGFR-TKIが効かなくなった原因が分かれば、適切な治療法を選択するのに役立ちます。
ALK融合遺伝子とは?
ALK融合遺伝子とは、何らかの原因によりALK遺伝子と他の遺伝子が融合してできる特殊な遺伝子のことです。非小細胞肺がんで、がん細胞の増殖にかかわる遺伝子として発見されました。ALK遺伝子は細胞の増殖を促す働きがあり、通常はスイッチのON、OFFがうまく制御されています。しかし、ALK遺伝子が他の遺伝子と融合してALK融合遺伝子ができると、スイッチが常時ONになった状態になり、ALK融合遺伝子から発現するタンパク質(ALK融合タンパク)によってがん細胞の増殖が進みます。ALK融合遺伝子のあるがんは、増殖が比較的速いとされています。
ALK融合遺伝子は、非小細胞肺がん全体の約2〜5%に認められます。非小細胞肺がんのなかでも腺がんに多くみられます。また、たばこを吸わない人、比較的年齢の若い人に多くみられることもわかっています。また、EGFR遺伝子変異のある患者さんではALK融合遺伝子はほとんど認められませんし、逆にALK融合遺伝子のある患者さんでは、EGFR遺伝子変異はほとんど認められません。
肺がんとALK融合遺伝子について
融合遺伝子とは?
ALK融合遺伝子とは、ALK遺伝子とEML4遺伝子の一部が融合した特殊な遺伝子です。
ALK融合遺伝子からは、機能に異常をきたしたALK融合タンパクが作られます。
ALKタンパク質とは、細胞の表面に存在する分子(タンパク質)で、ALK遺伝子の情報をもとに作られます。正常なALK遺伝子から作られたALKタンパク質の場合、特定のタンパク質が結合すると活性化されて細胞の増殖を促す信号を発信します。しかし、ALK融合遺伝子から作られたALK融合タンパクは、特定のタンパク質が結合しなくても活性化しており、常に細胞の増殖を促す信号を発信しているため、がん細胞が際限なく増えていきます。
ALK融合遺伝子のある肺がんは、非小細胞肺がん全体の約2~5%を占め、非小細胞肺がんのなかでも腺がんの4~5%を占めています。その他の組織型で見つかることはほとんどありません。
ALK融合遺伝子は非喫煙者で見つかることが多いとされていますが、高齢者や喫煙者でもしばしば見つかっています。なお、ALK融合遺伝子とEGFR遺伝子変異、ROS1融合遺伝子が同時に発現することはほとんどありません。
ALK阻害剤について
ALK融合遺伝子が検出されたら、ALK阻害剤で治療を行います。
ALK阻害剤は、ALKのチロシンキナーゼという部位に作用して、細胞増殖を促す信号の伝達を止め、がん細胞を死滅させます。ALK融合遺伝子のある患者さんは、抗がん剤で治療をするよりもALK阻害剤で治療をした方が、がん細胞の縮小効果が大きく、がんが増悪するまでの期間が長いことがわかっています。
ROS1融合遺伝子検査とは?
がん細胞を増殖させるROS1融合遺伝子
体内で細胞を増やしたり(増殖)、新しい機能をもった細胞に変化したりするときに働く遺伝子の1つにROS1遺伝子があります。ROS1遺伝子に何らかの異常があると、他の遺伝子と組み合わさって特殊な遺伝子ができることがあります。この特殊な遺伝子をROS1融合遺伝子といいます。
ROS1融合遺伝子はROS1遺伝子と組み合わさる遺伝子の種類によっていくつかの種類があることが確認されています。
ROS1融合遺伝子はがん細胞を増殖させる
ROS1融合遺伝子は、肺がん(非小細胞肺がん)の患者さんのうち約1〜2%の患者さんで見つかっています。また、ROS1融合遺伝子が見つかる肺がんの患者さんは、若年の方、女性、非喫煙者に多いことがわかっています。
ROS1融合遺伝子ができると、がん細胞を増殖させるスイッチが入ったままになり、がん細胞が増殖を続けます。
ROS1融合遺伝子は、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子の検査と同時に検査を行うことが推奨されています。
免疫療法のために行うPD-L1検査
免疫の働きにブレーキをかける免疫チェックポイント
私たちの体には、細菌やウイルスなど外来の異物や、体の中でできたがん細胞などの異常な細胞の働きを抑えこみ、排除するための「免疫」という仕組みがあります。さらに免疫が過剰に働き、自分の体を攻撃しないように、免疫にブレーキをかける仕組みも備わっていることがわかってきました。がん細胞の中には、この仕組みを悪用し、免疫による排除から逃れているものもあります。
免疫の働きにブレーキをかける仕組みの1つが「免疫チェックポイント」と呼ばれる分子であり、「PD-1」はその1つです。「PD-L1」はPD-1と結合し、PD-1を活性化させる働きを持つ、細胞表面に存在するタンパク質です。がん細胞の中には、このPD-L1を細胞の表面に出すことによって、免疫の働きから逃れているものがあると考えられています。
免疫のブレーキを解除する治療とPD-L1検査
免疫の働きへのブレーキを解除し、体が本来もつ免疫の力でがんと戦うという治療法が免疫チェックポイント阻害療法です。肺がんでは、PD-1とPD-L1の結合を妨げてブレーキを解除する免疫チェックポイント阻害療法が実用化されています。肺がん細胞の表面にPD-L1がどの程度発現しているかを調べるのがPD-L1検査です。
BRAF遺伝子検査とは
細胞を増やすときに重要な働きをするBRAFというタンパク質があります。
そのタンパク質を作るBRAF遺伝子に変異(異常)が起こると、無秩序に細胞が増え続けて(増殖)、がん細胞が大きくなります。
BRAF遺伝子の変異は、悪性黒色腫などでは多い(約40%に発現)ことが知られていますが、非小細胞肺がんでは1~3%と少ないと推計されます。
また、肺がんのBRAF遺伝子の変異のタイプとしては、BRAFタンパク質を構成しているアミノ酸の600番目であるバリン(V)が、グルタミン酸(E)に変わった(V600Eと記されます)ものが最も頻度が高く約半数、他の変異(non-V600E変異)が半数と考えられています。
- 参考)肺癌患者におけるBRAF遺伝子変異検査の手引き
肺がんにおける経過観察の考え方
肺がんにおける経過観察が必要なケースと期間
経過観察とは、治療が必要かどうかを見極めるため、あるいは治療が終わった後に、遅れて出てくる副作用や、がんの再発・進行、新しいがんの発症がないかを定期的にチェックすることです。
肺がん治療で経過観察がおこなわれるケースには、精密検査をおこなったが肺がんかどうか確定できなかったとき、画像検査で影が見つかったが問題ないと判断されたとき、手術や放射線治療、薬物療法が終了したときなどがあります。
画像にうつった影の大きさが6mm未満で、小さすぎて肺がんかどうか判定できないときは経過観察となり、12ヵ月後に再度CT検査をおこないます。
画像にうつった影が6〜10mm未満の場合、3ヵ月後に再度CT検査を行います。再検査で影が大きくなっていない場合はその後2年間(必要があればその後も)、定期的に経過観察をおこないます。影が大きくなっている場合は確定診断のための精密検査をおこないます。
画像である程度の大きさの影がみつかったが問題ないと判断されたときでも、時間がたって再度画像検査をしたときに肺がんの所見に変わっていることがあります。そのため、3ヵ月後に再検査し、影が15mm未満の場合はその後数年間、経過観察を行います。
がんが初期のうちに早く治療をしたいと思うのは当然ですが、生検や手術は体への負担が大きく、不要なときに行うとかえって体に悪いため、影が小さいときには経過観察が優先されます。
気管支鏡による生検や胸水穿刺で採取した細胞を使った細胞診断でがん細胞がみつからなかったからといって肺がんでないと確定することはできません。なぜなら、生検や胸水穿刺などで採取した細胞が必ずしもがんのある部位から採取されたものとは限らないからです。この場合、数ヵ月後に精密検査を行い、その結果に応じて、経過観察、治療、無治療のどれかを選びます。
手術や放射線治療または薬物治療が終了した後は、再発や進行を早期にみつけるため5年間は定期的に検診を行います。受診の間隔や検査の内容は、肺がんのタイプや患者さんの状況、医療施設によって異なりますが、治療終了1ヵ月後、3ヵ月後、半年後、1年後以降は年1回、検診を行うことが多いでしょう。
経過観察は、肺がんの再発や進行を早期に発見するためだけでなく、新しく発生したがんの早期発見、治療後しばらくたってから現れる副作用の早期発見、今後も持続する副作用への対処、治療による身体面・精神面への影響の評価のためにも大切です。問題がないからといって、自分の判断で定期検診をやめないようにしましょう。
経過観察期間の受診について
経過観察期間中に行う検査は、病期や実施した治療の内容、効果、後遺症の内容や程度などによって異なりますが、問診、血液検査、尿検査、胸部X線検査を基本とし、必要に応じてCTやMRI、骨シンチグラフィなどを行うことが多いでしょう。定期検診の日でなくても、気になる体調の変化や症状などに気がついたら、積極的に受診しましょう。
肺がんはこうして治療する
がん細胞の種類と進行度によって治療方法が変わってきます。
ここでは治療方法の選択と各治療の解説をしています。
肺がんの主な治療には、手術・放射線治療・薬物療法があります。
薬物療法は主に、化学療法(抗がん剤)・分子標的治療・免疫療法に分けられます。
ここでは、治療法の内容などについて解説していきます。
肺がんの種類と進行度によって変わる治療
肺がんの標準治療は
- ・がん細胞の種類(非小細胞肺がん/小細胞肺がん)
- ・がんの大きさと広がり(進行度:「病期」「ステージ」とも呼ばれる)
によって異なります。
非小細胞肺がん
肺がんの進行度は
- ・T分類(原発巣のがんの大きさや広がりの程度)
- ・N分類(リンパ節への転移の有無とその広がり)
- ・M分類(遠隔転移の有無)
の組み合わせ(TNM分類)によってⅠA、ⅠB、ⅡA、ⅡB、ⅢA、ⅢB、ⅢC、ⅣA、ⅣB期に分けられます。
非小細胞肺がんの標準治療
- ※ 実際の治療は、患者さんの状態や病気の進行具合によって異なるため、この通りとは限りません。
小細胞肺がん
小細胞肺がんでは、TNM分類も使われていますが、化学放射線療法もしくは薬物療法の治療選択の面からは限局型と進展型との分類によって検討されるのが一般的です。
限局型 |
|
---|---|
進展型 | 「限局型」の範囲を超えて、もう一方の肺や他の臓器にがんが転移している場合 |
小細胞肺がんの標準治療
- ※実際の治療は、患者さんの状態や病気の進行具合によって異なるため、この通りとは限りません。
いずれの治療法も大まかな目安で、患者さんの病気の状態や、全身の状態などによって選択されます。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・国立がん研究センターがん情報サービス
・渡辺 俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本. 2018,小学館
肺がんの再発とその治療
肺がんが再発する仕組み
手術や放射線治療でがん細胞を取り除き、肉眼で見えなくなっていても、実際には確認できないほど小さく残っていたがん細胞が再び出現することを「再発」といいます。
再発と似たような言葉に「再燃」がありますが、再燃は治療をおこなったにもかかわらず、残ってしまったがん細胞が再び大きくなることです。
治療でがん細胞をすべて消滅させたと思っても、肉眼で見えないほどの大きさや、検査ではわからないぐらい小さながん細胞が残っていたり、血液やリンパ液の中にがん細胞が紛れ込んでいたりする可能性があります。小さく残っていたがん細胞が元の部位やその近く、あるいは血流やリンパ液の流れにのって最初に治療した部位から離れた場所で大きくなると、数ヵ月後や数年後に再発・転移としてあらわれます。
再発は部位によって局所再発、領域再発、遠隔再発の3つに分けられます。
局所再発は、最初に治療した部位やその近くで再発することです。
領域再発は、最初に治療した部位と同じ組織や近くのリンパ節で再発することです。
遠隔再発は、最初に治療した部位から離れた部位で再発することで、遠隔転移ともいいます。
肺がんの再発は遠隔転移として起こりやすく、肺のほかの部位、縦隔、肺門部や鎖骨上のリンパ節、脳、骨、肝臓、副腎で転移がよくみられます。
転移の部位による主な症状は下記の表の通りです。
転移した部位 | 主な症状 |
---|---|
脳 | ふらつき、けいれん、手足のまひ、頭痛 |
骨 | 痛み、骨折 |
縦隔・肺門のリンパ節 | 上半身のむくみ、声がれ |
脊椎 | 足のまひ、尿失禁 |
肺、気管、気管支 | 咳、血痰、息切れ、胸痛 |
肝臓 | 腹部のはり、痛み、黄疸 |
副腎 | 腰痛、倦怠感 |
肺がんが再発する時期は、手術や放射線治療でがん細胞をすべて取り除いてから3年以内が多く、5年を過ぎて起こることは多くありません。治療後5年を過ぎても再発がなければ完治と考えられるので、手術後5年間は定期的に病院へ通い、胸部X線検査やCT検査、血液検査、喀痰細胞診などを行い、再発がないかどうかを調べます。病期(ステージ)によっては、再発予防のために術後に化学療法や放射線治療を行うことがあります。
再発した肺がんの治療
再発したからといって余命が短いとは限らず、再発に対する治療を続けながら、これまでと同じ生活を続けることもできます。
肺がん治療の目的には、以下の3つがあります。
(1)がんをすべて取り除いて治癒を目指すこと
(2)がんを縮小または大きくならないようにさせて延命すること
(3)症状を和らげて生活の質を下げないようにすること
遠隔転移のないI〜II期(ステージ1、2)と、III期(ステージ3)の一部では、手術や放射線治療でがん細胞をすべて取り除くことが可能なので、治療の目的は(1)です。一方、遠隔転移のあるIV期(ステージ4)や再発では、目に見えないほど小さい転移や全身へのがんの広がりがあると考えられるため、治療の目的は(2)、(3)です。
肺がんは克服できるか
治療の継続が大切
一口に「肺がんを克服する」といっても、その意味は、肺がんのタイプやステージ、そして患者さん本人の捉え方によって異なります。「治癒」をイメージする方もいれば、「がんを抑え続けること」をイメージする方もいると思います。どちらにしても重要なのは、ご自身の肺がんに合った治療を継続することです。
「治癒」をイメージしていて、すでに手術や化学放射線療法を受けている方は、今後の治療方針について医師に相談してみましょう。がんの状態によっては、薬剤を用いた術後補助療法や維持療法という治療が勧められる場合があります。また、再発・転移があらわれていないかどうか、決められたスケジュールで検査を受け続けることも重要です。
「がんを抑え続けること」をイメージしている方は、ご自身の肺がんに有効な治療は何なのか医師と相談してみましょう。近年、肺がんの進行を長期間抑制できる薬剤が登場しています。ただし、すべての患者さんがそれらの薬剤によりがんを永久に抑え込めるわけではありません。最初は効果を発揮していた薬剤も、長期使用すると病気の細胞が薬に慣れてしまって効果が得られにくくなり、肺がんが進行してしまうことがあります。そのような場合は、また別の有効な薬剤によってがんを抑え込むことを目指します。
また、どのような治療法が自分にあっているのかを知るために、ご自身でも肺がんに関する情報を集めましょう。がん治療を行っている病院の多くでは、主治医以外の医療スタッフにも相談できる仕組みがあり、治療法についての情報を得ることができます。がん患者が集まる患者会に参加して、ほかの肺がん患者さんがどのような情報を参考にしているのか聞くことも役に立つ可能性があります。知識を身につけ、医師と良好なコミュニケーションをとることにより、ご自身が目指す治療を受けられる可能性が高まります。
知識を身につけるといっても、不確かな情報には注意が必要です。インターネットでは、医学的に正しい情報を提供しているウェブサイトだけでなく、誤った情報や、まだ有効性が証明されていない治療法の情報を誇張して提供しているウェブサイトも見受けられます。「●●でがんを克服」「有名人、芸能人のがん克服法」などとうたって特定の食品や物品、保険で認められていない治療法などを勧めているときは、信頼できる情報なのかどうか、医師や医療スタッフに相談してみましょう。
薬剤に対する「耐性」を克服して治療を継続する
最初は効果を発揮していた薬剤が、長期利用すると病気の細胞が薬に慣れてしまって効果が得られにくくなることを耐性といいます。がんの研究者のなかには、この耐性を克服することを重要と考え、新しい薬剤の研究に取り組んでいる人たちがいます。耐性を克服することができれば、有効な薬物療法を受け続けることができ、がんを抑え続けることにつながるからです。
具体的には、上皮成長因子受容体(EGFR)変異やALK融合遺伝子陽性の肺がんの患者さんに対する薬物治療では、最初に使用した薬剤が次第に耐性を生じることがありますが、その耐性にも対応できる薬剤が開発され、別の有効な治療を継続できることがあります。今でも耐性に関する研究は継続して進められています。
治療の継続のために日常生活で心がけたいこと
バランスの良い食事と適切な運動で心身を良い状態に保つことは、治療を継続するために、すべての患者さんに共通して大切なことです。
治療中の食事の基本は、朝、昼、夕の三食ともタンパク質、野菜、炭水化物をバランス良く取り入れた食事を適量取ることです。とはいえ、がん治療中は副作用によって食欲が低下していたり、口内炎や悪心・嘔吐のために食事を取れなかったりすることがあるかもしれません。また、薬物療法中には副作用として味覚障害が起きてしまい、食事をおいしく感じられないことがあるかもしれません。そういう場合には、無理に食べる必要はなく、食べられる量を食べたいときに取るようにしましょう。副作用の症状に合った味付けや温度にし、食材を細かく刻む、舌で押しつぶせるほどやわらかくするなどの工夫を凝らすと、調子の悪い時でも食べやすくなります。
治療中の食事の工夫については、栄養士や看護師に相談してみましょう。
肺がんで手術をしない場合、する場合
手術をしないのはどのような場合?
手術をするかどうかは、肺がんの状態(組織型、がんの進行度など)と患者さんの体の状態(全身状態、心肺機能、年齢、他の病気の有無など)で決まります。
一般に、がんが限られた範囲にとどまっている場合に手術をおこないます。ただし、手術によって肺の一部や片側の肺を取り除いても以前と同じように日常生活を送ることができるかどうかなど、患者さんの体の状態も考慮します。そのため、手術や麻酔に耐えられる体力がない、呼吸機能が低下していて手術後の生活に必要な呼吸機能の回復が見込めない、他の病気により重い合併症が起こる危険性がある、手術できない場所にがんがあるなどと判断された場合は安全に取り除けるとはいえないため、他の治療法が選択されます。
非小細胞肺がんの場合
病期(ステージ)別にみると、Ⅰ~Ⅱ期(ステージ1~2)では手術が標準治療です。手術に伴う症状は緩和ケアにより改善を目指します。患者さんの体が手術に耐えられないと判断される場合や、患者さん自身の希望によっては手術ではなく、放射線治療がおこなわれる場合もあります。
Ⅲ期(ステージ3)では多くの場合、薬物療法と放射線治療を組み合わせる化学放射線療法がおこなわれますが、手術がおこなわれる場合もあります。
Ⅳ期(ステージ4)では薬物療法と緩和ケアが標準治療となります。Ⅰ~Ⅲ期の患者さんも再発のがんに対してはⅣ期と同じ治療がおこなわれることが一般的です。
小細胞肺がんの場合
小細胞肺がんは非小細胞肺がんに比べ、がんの進行が速く、比較的放射線治療や薬物療法が効きやすい特徴があります。そのため、標準治療として外科手術が選択されるのは限局型でリンパ節への転移がないⅠ期・ⅡA期のみに限られます。Ⅰ期・ⅡA期の手術後には薬物療法がおこなわれます。
一方、限局型のI期・ⅡA期以外と進展型小細胞肺がんでは、手術だけではがん細胞をすべて取り除くことが難しいため、手術以外の治療が選択されます。
手術をしない場合の治療方法
がんが限られた範囲にとどまっていない場合や全身状態、患者さんの希望などによって、放射線治療や薬物療法が選択されます。
肺がんで手術をする場合:手術の目的と対象
肺がん手術は、肉眼で確認できるがん細胞のすべてを取り除くことにより、治癒を目的とした治療です。
しかし、すべての肺がん患者さんが手術の対象となるわけではありません。
1.がん細胞が手術で取り除ける範囲にのみあるか
2.全身状態、年齢、合併する他の病気などから判断して、体が手術に耐えられるのか
など、さまざまな方向から検討が重ねられます。
肺がんのステージごとの手術法
肺がんのステージ別にみると、非小細胞肺がんではⅠ(ⅠA・ⅠB)・Ⅱ(ⅡA・ⅡB)・ⅢA期の一部、小細胞肺がんではI-ⅡA期の患者さんが手術の対象となり、ステージによって手術法が異なります。
非小細胞肺がん
- ・IA期:肺葉切除術または肺葉の一部を切除する縮小手術をおこない、同時に、周囲のリンパ節を一緒に摘出するリンパ節郭清(かくせい)もおこないます。
- ・IB・Ⅱ(ⅡA・ⅡB)・ⅢA期の一部:肺葉切除術または片肺のすべてを切除する肺全摘術をおこない、同時に、周囲のリンパ節を一緒に摘出するリンパ節郭清もおこないます。
- ※ 手術後に再発予防のための化学療法をおこなうことがあります。
小細胞肺がん
- ・I-ⅡA期:肺葉切除術または片肺のすべてを切除する肺全摘術をおこない、同時に、周囲のリンパ節を一緒に摘出するリンパ節郭清もおこないます。
- ※ 手術後に再発予防のための化学療法をおこなうことがあります。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版, 金原出版株式会社
手術の範囲は?
標準的な手術:肺の房(肺葉)を切り離す
肺は右が三つ、左が二つの肺葉に分かれています。ぶどうの房が太いつるに右に三つ、左に二つぶら下がっているのを想像してください。それぞれの房には気管支と血管が入り込んでいます。
この房のうちどこかにがんが発生したとき、房を単位として切り離すのが標準的です。
一番多く行われているのが房の一つを切り離す「肺葉切除」。
右肺の場合は上葉と中葉、中葉と下葉という二つの房をあわせて切り離す2葉切除が行われることもあります。
がんが房の根元付近にまで食い込んでいると、右あるいは左の全部の房を取り除く必要がでてくることがあります。
片肺全摘出術です。
全摘出は手術後の肺活量の低下が大きく、身体への負担も大きいので、そうするべきかどうかの判断は慎重になります。
リンパ節の郭清:がん細胞を残さないためにリンパ節をとる
肺の房(肺葉)を切り取っただけではがん細胞を全て取りきれたかはわかりません。
がん細胞はリンパ節を好みますので、肺門部や縦隔にあるリンパ節にがん細胞が残っている可能性があるからです。
残った肺を少し脇にどけて肺門部と縦隔のリンパ節を取り除きます。
取り除いたリンパ節は病理検査にまわされて、がん細胞の有無が検査されます。
気管支形成術:できるだけ肺を残すために気管支をつなげる
肺の房(肺葉)の根元のところに病巣があった場合、普通に手術をすると片側全部の肺を取ってしまうことになります。
そこで片肺全摘出はできるだけ避けるために、イラストのように根元の気管支の一部分だけを切り取って残りをつなぐことがあります。
技術的には複雑になりますが、肺の機能低下を少なくできます。
拡大手術:隣り合う臓器を一緒に切除
肺がんが周囲の組織に食い込んでいる(「浸潤(しんじゅん)」といいます)場合に、これらの組織の一部を一緒に切除することがあります。
胸膜、心膜、肋骨などへの浸潤が代表的な場合ですが、ときには大動脈、横隔膜を一緒に切除することもあります。
ただし、身体への負担も大きいため、慎重な判断に基づき、決定されます。
開胸手術と胸腔鏡手術
開胸手術:身体のどこから切るの?
手術を勧められたときに、皮膚をどのように切るのか気にされる方が多いようです。
通常では背中側、肩甲骨の内側から肋骨に沿って斜め下、前の方向に切開します。
肋骨は切り取ってしまうのではなく、押し広げるようにします。
胸腔鏡(内視鏡)手術とは?
肺がん手術には、古くから行われている外科手術的な開胸術と、胸腔鏡という内視鏡を使用する胸腔鏡手術があります。
開胸術は、肩甲骨の下から胸にかけて15〜20cmほど切開し、肋骨を広げて肺を切除します。
一方、胸腔鏡手術は、胸を数ヵ所小さく切開し、そこから小型電子カメラがついた胸腔鏡や鉗子、自動吻合機などの手術器具を挿入して肺を切除します。胸腔鏡手術には、モニターだけを見ながら手術する完全胸腔鏡下手術(VATS;バッツ)と、胸腔鏡を挿入してモニターを見つつ、直接目でも確認しながら肺切除を行う胸腔鏡補助下手術(Hybrid VATS;ハイブリッドバッツ)があります。
胸腔鏡手術は、切開する傷が小さいので開胸術に比べて美容的に優れているというメリットがあります。一方、デメリットは、手術中に出血が起きたときに処置が遅れる可能性があることです。手術時の出血量や術後合併症にかかる頻度、入院期間、術後の痛みなどについて従来の一般的な開胸手術と比べたところ、手術時間と出血量については胸腔鏡を用いた手術の方が優れており、再発率や5年生存率についても同等であるという報告もあることから、Ⅰ期(ステージ1)の非小細胞肺がんの手術方法として推奨されています。
肺がん手術の名医を探すコツ
肺がんの手術を受けることになったとき、誰でも手術の上手い“名医”に手術を行ってほしいと思うことでしょう。
“名医”が何を指すのかは、患者さんが手術に望むことによって違ってきます。手術の成功を望むのは当然として、その他に傷の大きさを重視する方もいれば、術後の入院日数や痛み、合併症の少なさを重視する方もいることでしょう。ご自分が手術にどのようなことを望むか考えた上で、かかりつけ医や主治医に、その望みに沿った手術をしてくれる医師がいるかどうか質問してみてはいかがでしょうか。あるいは、患者さん自身でまたはご家族を通して、手術を担当する医師に手術の経験や成績を尋ねてみてはいかがでしょうか。
日本はがん医療の均てん化(日本全国のどこでも標準的ながん治療を受けることができる)に力を入れており、専門的ながん医療を行える医師を各地に配置するようにしています。まずは身近なところから情報収集をしてみてはいかがでしょうか。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版,金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
・渡辺俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本,2018,小学館
肺がん手術後に起きやすい合併症
手術後の合併症は痰や手術創の痛みが中心
肺がんの手術後には、さまざまな合併症が起きる可能性があります。手術後の合併症は軽症から生命にかかわるものまで重症度はさまざまです。
特に肺がんの手術後は肺活量が低下し、それによりうまく呼吸できなくなり、痰がたまり、酸素を十分に取り込めなくなったりします。また、背中側の肩甲骨の下の縁に沿って手術創ができます。この手術創を中心として肋骨に沿った痛みが出ることがあります。痛みによって痰をうまく出せない場合には、肺炎になる可能性が高くなることがあります。
医師や看護師とともに痛みや痰をうまくコントロールすることが大事
手術後の合併症を軽くするためには、痛みと痰のコントロールが重要です。痛みを無理に我慢せず、医師や看護師に伝え、痛み止めの薬を増やすなどの処置をしてもらいましょう。
痰については、手術前に痰の出し方を指導してくれますので、この方法にしたがって痰を出しましょう。痛みや寝たままの状態でうまく痰が出せないときは、医師や看護師に伝え、気管支を広げる薬を吸入したり、痰を出しやすくする手伝いをしてもらいましょう。
肺がん手術による入院期間と費用
肺がん検査から入院決定までの流れ
肺がんの治療で入院が必要になるタイミングとしては、手術の前後、薬物治療の開始時、体調が悪いときなどがあります。
健康診断や人間ドックなどで肺がんが疑われる所見がみられた場合、主な精密検査として胸部単純X線(レントゲン)検査、CT検査、喀痰細胞診をおこないます。これらの検査で異常が見つかった場合は、確定診断のために気管支鏡検査や胸腔鏡検査など、がんの広がりを調べるために胸部造影CT検査やPET検査などをおこないます。さらに、手術に耐えられる体力があるかを評価するために、呼吸機能検査や心電図検査をおこないます。
手術に耐えられると判定されたI期(ステージ1)、II期(ステージ2)、一部のIII期(ステージ3)の患者さんには手術がおこなわれます。その他の患者さんには、放射線治療または薬物療法あるいはその両方がおこなわれます。
手術をおこなうことが決まったら、手術の1〜2日前に入院することが多いでしょう。
入院時はパジャマや下着、スリッパ、箸やスプーン、コップなど身の回りの物を持参する必要があります。医療施設では、入院時に必要な持ち物や手続きの説明書を用意していることが多いので、医療スタッフに聞いてみましょう。
入院後〜手術までの流れと準備すること
手術のための入院は、一般的には術前オリエンテーション→手術→術後の評価・回復→退院という流れで進みます。肺がんの手術のための入院としては、状態にもよりますが10日程度です。
術前オリエンテーションでは、患者さんと家族に、手術の内容や流れ、予定時間、術後の状態やどのように回復していくかなどの説明がおこなわれます。手術や麻酔に不安があれば、医師や看護師さんに話を聞いてもらいましょう。
肺がんの手術時間は、どのような内容の手術をおこなうかによって異なりますが、2〜4時間程度が多いでしょう。一般的に、切除する範囲が大きいほど手術時間は長くなります。
手術後は、傷の痛みや麻酔の影響で、深く呼吸することや痰を吐き出すことが難しくなっています。痰の喀出がうまくいかないと、感染症などの術後合併症にかかる危険性が高まるため、術前に呼吸訓練をおこないます。
喫煙している場合は、禁煙指導もおこなわれます。
薬物療法を始めるときに入院するかどうかは、使用する薬剤の種類や医療施設の方針により決まります。
肺がんの治療費や入院費について
肺がんの治療パターン別の治療費、入院費の目安は下記のとおりです。
ここに示している金額は保険適用前の10割負担額です。保険適用後は1〜3割負担となります。
■非小細胞肺がんI期(ステージ1)の手術だけで治療を終えた場合
胸腔鏡手術費用(約90万円)+入院費(5日間:約110万円)+術後定期検査(12回:約37万円)
=費用総額約240万円
■非小細胞肺がんII期(ステージ2)の手術を受けて、術後補助化学療法をおこなった場合
肺葉切除手術費用(約160万円)+術後補助化学療法(入院:約30万円、外来3回:約20万円)+術後定期検査(退院後半年間に3回:約7万円)+術後定期検査(退院後半年後〜3年間に10回:約26万円)
=費用総額約240万円
- 国立がん研究センター:がんとお金の本
- 発刊年月日:(2016年11月)
肺がんの治療にかかる費用は高額です。毎月支払った医療費のうち、決められた自己負担額を超えた分を払い戻してくれる「高額療養費制度」というものがあります。
治療方法や入院期間、費用には個人差がある
肺がんの治療方法や入院日数、治療にかかる費用は、肺がんのタイプや病期、選んだ治療方法、患者さんの状態などによりそれぞれ個人差がありますが、肺がんの治療にかかる費用は高額です。
治療費や助成制度については、病院の相談窓口やがん相談支援センターで相談できます。費用について心配のある方は、早めに相談してみてください。
肺がんの手術の実際と手術後の治療
入院や手術は誰しもが緊張し不安になるものです。経験がないと入院してからの流れがわからないため、さらに不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。下記は手術前の検査から退院までの一般的な流れです。
実際の流れは、各施設により異なることがありますので、おかかりの施設にご確認ください。
手術前の検査
肺がんであることが確定した後、がんの広がりを調べ、病期(ステージ)を決めるために、胸部造影CT検査、PET検査、骨シンチグラフィ、腹部CT検査またはエコー検査、頭部CT検査またはMRI検査などを行い、手術が適応できるかを調べます。手術ができる場合は、さらに、全身状態や病歴、血液検査、呼吸機能検査、心電図検査などを行い、手術に耐えられる体力があるかどうかなどを評価します。
入院準備
持病のコントロール
高血圧症や糖尿病などの持病がある場合は、手術中、術後の合併症のリスクが高まるため、手術の前に病状のコントロールをおこないます。
また、血栓予防薬のように、手術前にあらかじめ服用を中止しておかなければならない薬がありますので、服用している薬がある場合は担当医に伝えましょう。
禁煙
喫煙していると、術後に痰が多くなることで痰が気管支に詰まり、肺炎などの合併症のリスクが高まるため、手術が決まったら直ちに禁煙します。
口腔内のメンテナンス
全身麻酔の際に気管チューブを口から挿入するため、抜けそうな歯がないか、歯科でチェックしましょう。
呼吸リハビリテーション
手術前から、呼吸リハビリテーションを取り入れて基礎体力を高めておきます。呼吸リハビリテーションによって体力づくりをしておくと、手術後に起こりやすいトラブルを防いだり、軽くしたりすることができます。
入院時の持ち物
入院手続きに必要な書類や健康保険証、印鑑などが必要です。身の回りの物を含め、入院時に必要な持ち物や手続きについては病院で説明書を用意していることが多いので、確認してみましょう。また、あらかじめ「限度額適用認定証」を取得しておくと、窓口での支払い金額を抑えることができます。取得したい場合は、加入している医療保険に申請しましょう。
入院から手術まで
手術の数日前に入院することが多いです。
入院すると担当の看護師から入院生活についての説明を受けます。また、手術後の体の動かし方や呼吸の仕方、痰の出し方などを教わることもあります。術前オリエンテーションでは担当医から手術の内容や流れ、予定時間などについて説明を受けます。麻酔についても、通常は手術の前日までに麻酔科医から説明や問診を受けます。
食事は、手術前日の夕食まで食べられることが多いですが、手術の内容によっては水分や食事が制限される場合もあります。
手術前日は手術当日の朝に排便できるように下剤が処方されることもあります。緊張や不安などで眠れない場合は、睡眠導入薬が処方されることもありますので、担当医や看護師に相談しましょう。
手術当日
手術当日は飲水や食事ができません。手術室へ向かう準備をしながら、時間までできるだけリラックスして過ごしましょう。
手術室へ
眼鏡やコンタクトレンズ、入れ歯、アクセサリーなどはすべて外します。下着を脱ぎ、手術着に着替えます。
手術中と手術前後の全身管理のため点滴を受けます。手術室へは歩いていくこともありますし、車いすやストレッチャーに乗って向かうこともあります。
手術室に入る前に手術用キャップをかぶり、名前やリストバンドにより本人確認をされます。
手術台に移動すると、心臓や呼吸を管理するためのモニターが取り付けられます。感染を防ぐために手術部位の消毒がおこなわれ、大きな布で体が覆われます。
麻酔
術後の痛みを抑えるため、硬膜外麻酔のチューブを挿入し、術後数日間持続的に麻酔薬を投与できるようにします。硬膜外麻酔のチューブは横向きになり、丸めた背中から挿入します。痛み止めを注射した後におこないますので、痛みよりも背中を押される感じがすることが多いです。
その後、全身麻酔がおこなわれます。酸素吸入器を口に当てられ、呼吸をしているうちに全身の力が抜け、眠りに入ります。
意識がなくなった後、口から気管チューブが挿入され、肺に酸素が送られます。十分に麻酔がかかった後、手術が開始されます。
手術
肺がんの手術時間は内容によっても異なりますが、2~4時間程度です。
意識がもうろうとしているかもしれませんが、手術が終わったら呼びかけられますので、名前を呼ばれたら返事をします。
意識が戻り、呼吸ができるようになったら気管チューブが取り除かれます。肺を切除した部分にたまる血液や体液などを排出するためのドレーンや尿をためる袋につながるバルーン、点滴、硬膜外麻酔のチューブなど、体にはさまざまな管が装着された状態になっており、煩わしさを感じるかもしれません。また、痛みや長時間横になっていたことによるしびれなどがあるかもしれませんが、無理に動かさず、要望があれば看護師に伝えましょう。
手術から退院まで
術後の痛みや息苦しさ
術後は切除した手術部位やドレーンを入れた部位などに痛みが生じますが、術後2日間くらいは強い痛みが出ないように硬膜外麻酔を継続します。それでも痛みを感じるときは遠慮せずに医療スタッフに話し、鎮痛剤を処方してもらいましょう。術後の痛みは直後が最も強く、徐々に軽くなって、1週間後くらいには日常生活に支障がなくなるといわれています。
手術の際に挿入した気管チューブにより気管支に違和感が残り、咳が出やすくなったり、分泌物などで息苦しくなったりすることがあります。また、肺や気管支を切除することで呼吸機能が低下するため、しばらくは息苦しさが生じます。対策として、換気や温度、湿度の調節などをおこなうことにより、呼吸が楽になることがあります。息苦しさを早く解消できるよう、呼吸筋を鍛えるための呼吸リハビリテーションをおこなうことが大切です。また、歩行練習などで全身の筋肉を鍛えることも呼吸筋の回復に役立ちます。症状が辛いときは我慢せず、担当医や看護師に相談しましょう。
術後の経過と回復
術後の経過は傷口の大きさや回復力などにより異なるため、あくまで目安ですが、元気な患者さんでは手術の次の日に歩けるようになります。
術後2~4日目くらいにはドレーンやバルーンなどの管を抜き、廊下を歩くことができるようになります。
その後は病院内を歩いたり、シャワーを浴びたりすることができるようになります。食事も回復の状況に合わせて、徐々に点滴だけの状態から元の食事に戻ります。
術後1週間は手術による合併症が起こりやすい時期ですので、注意が必要です。体調がおかしいと感じたときは担当医や看護師に相談しましょう。
退院
術後1週間くらいで退院できることが多いです。
手術からの回復状態を確認する必要がありますので、次の受診日を確認しましょう。
手術後に化学療法(抗がん剤)をおこなう理由
肺がんの手術後に化学療法をおこなうことがあります。
手術により目で確認できる範囲のがん細胞のすべてを取り除くことができても、顕微鏡レベルではがん細胞が一部、からだの中に残っている可能性があります。
一度、肺がんが再発すると完全に治すことが難しくなります。そのため、再発や転移を予防するために、手術の後に全身療法である化学療法をおこなうことがあり、それを術後補助化学療法といいます。
主に術後補助化学療法がおこなわれるのは、非小細胞肺がんの場合は大きさが2㎝より大きいⅠ期、Ⅱ期、ⅢA期、限局型小細胞肺がんの場合はⅠ期、ⅡA期で、いずれも手術によりがん細胞を完全に取り除くことができたと思われる場合です。
ただ、術後補助化学療法をおこなうべきかどうか、どのような抗がん剤を用いるかは、がん細胞の種類や進行度などによっても異なりますので、主治医の説明をよく聞き、相談して決めましょう。
肺がんの放射線治療 -放射線をあててがん細胞の死滅を目指す-
肺がんの放射線治療とは
放射線をあてて、がん細胞を死滅させることを目的とする治療方法で、手術と同じく、局所療法の1つです。
放射線のあたらない場所にあるがん細胞に対しては効果が期待できません。
そのため、離れた場所に転移がある場合(遠隔転移)には、薬物療法を組み合わせるなど、遠隔部分への治療も考慮する必要があります。
放射線治療は、がん細胞のある部位とその周辺に放射線を照射するので、薬物治療に比べると全身への影響が少なく、また、手術と違って臓器の形が変わらない点がメリットです。年齢やその他の病気が原因で手術や薬物治療を選択しない患者さんにもおこなえる治療です。
放射線治療には、がん細胞を死滅させて治癒を目的とする“根治的放射線治療”と、がん細胞を減らし症状を和らげることを目的とする“緩和的放射線治療”があります。
非小細胞肺がんのI〜II期(ステージ1〜2)で手術を希望しない患者さん、高齢または他の病気などの理由で手術をおこなわない患者さんには、根治的放射線治療がおこなわれます。III期(ステージ3)で手術をおこなわない患者さんには、根治的放射線治療だけをおこなう放射線単独治療、または抗がん剤治療(化学療法)と根治的放射線治療を同時におこなう化学放射線療法がおこなわれることがあります
限局型小細胞肺がんのI期(ステージ1)で手術をおこなわない患者さんでは、化学放射線療法または放射線単独療法をおこなうことがあります。I期(ステージ1)以外でも、全身状態が良ければ、化学放射線療法がおこなわれることがあります。また、最初の治療がよく効いたら、脳への転移を防ぐ目的で予防的全脳照射がおこなわれることがあります。
この他、症状を和らげる根治的放射線治療ができない患者さんでは、症状を和らげるために緩和的放射線治療がおこなわれる場合があります。骨転移や脳転移への放射線治療も症状を和らげることを目的としています。
放射線治療の種類と方法
・症状をやわらげるための放射線治療
がんにより症状が出ている部分にだけ、症状を和らげる目的で、放射線を照射することがあります。
骨への転移による痛みや脳への転移によるいろいろな症状に対する放射線治療が代表的です。
・脳転移に対する放射線治療
脳全体に転移があるときには全脳照射、転移が1〜4個のときには定位放射線照射をおこないます。
・早期非小細胞肺がんで用いられる放射線治療
肺癌診療ガイドライン2021年版では、何らかの原因で手術ができない早期の非小細胞肺がんには、放射線単独療法が薦められています。
・III期(ステージ3)非小細胞肺がんでの化学放射線療法
化学放射線療法は、放射線治療と抗がん剤(化学療法)を組み合わせておこなう治療方法です。
IIIA期(ステージ3A)のうち、縦隔のリンパ節に転移があるときや手術で完全にがん病巣をとり除くことが不可能なとき、体力的に手術に耐えられないと判断されたとき、IIIB/C期(ステージ3B/C)で化学放射線療法の適応と判断されたときには、化学放射線療法が第一選択になります。
抗がん剤が使用できないときには放射線単独療法が推奨されています。ただし、胸水がたまっているときは、放射線療法は第一選択にはなりません。
・小細胞肺がんで用いられる放射線治療
小細胞肺がんは化学療法が治療の中心ですが限局型の場合は放射線治療を併用します。
限局型小細胞肺がんは脳への転移で再発することがかなりの頻度でみられるため、最初の治療で効果が十分に得られた場合は、脳への転移を防ぐために予防的全脳照射がおこなわれます。
放射線治療で起きやすい副作用
放射線治療による副作用は主に放射線を照射した部位に起き、主な副作用には、肺臓炎、食道炎、皮膚炎、白血球の減少などがあります。副作用が起きたら、それらの治療をおこないながら、放射線治療はできるだけ休まずにおこないます。
肺臓炎は、放射線によって肺に炎症が起こることで生じますが、あまりひどい場合は放射線治療をいったん中止する場合もあります。ほとんどの方に起こりますが、治療が終われば時間の経過とともに軽快します。ただ、治療数か月後に症状が現れることがあるので、放射線治療が終わった後も咳や発熱などの症状がある場合は、医師に報告して治療を受けてください。
食道炎は、胸部に放射線を照射したとき、その範囲内に食道がある場合に生じることがあります。食事のときに胸の痛みなどを感じたら、医師に報告して治療を受けるとともに、食事は刺激の強いものを避け、やわらかく水分の多い料理を選んでください。
皮膚炎は、放射線を照射した範囲の皮膚に炎症が起こることで生じます。赤みを帯びたり、かゆみを感じたりします。医師に報告して治療を受けるとともに、炎症の部位をかいたり、こすったりしないように心がけてください。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版,金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
肺以外へ照射する放射線療法
がんの痛みや、がんが気管、血管、神経などを圧迫することによって生じる症状をやわらげ、患者さんのQOL(生活の質)を維持するために、対症療法としておこなわれる放射線治療が「緩和的放射線治療」です。
肺がんは反対側の肺や脳、骨など他の部位に転移しやすいがんです。がんの進行・転移によって引き起こされる痛みや麻痺などの症状を軽減する目的で緩和的放射線治療がおこなわれます。体に負担をかけない必要最低限の放射線量を、できるだけ速やかに照射します。
照射する場所によって、頭痛や下痢、食道の炎症によるつかえや痛み、吐き気、皮膚炎などの副作用が起こることがありますが、副作用を抑える治療やケアがおこなわれます。
緩和的放射線治療の目的
部位 | 改善が期待できる症状 |
---|---|
肺 | せき、血痰、閉塞性肺炎、息苦しさ、上大静脈症候群※ |
脳転移 | 頭痛、けいれん、神経症状(吐き気、めまい、麻痺など) |
骨転移 | 骨の痛み、脊髄圧迫による麻痺、骨折の予防 |
- ※ 上大静脈症候群:肺がんの合併症のひとつ。がんによって上大静脈が圧迫されるために浮腫
参考:
・渡辺 俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本.2018,小学館
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2019年版,金原出版株式会社
・日本放射線腫瘍学会緩和的放射線治療アドホック委員会監修「緩和的放射線療法」
・日本放射線腫瘍学会編:放射線治療計画ガイドライン2016年版, 金原出版株式会社
・佐藤奈穂子 ほか:日呼吸誌. 2012;1(5), 374-380
・谷山奈保子 ほか:北関東医学. 2010; 60(2), 105-110
脳転移に対する放射線治療
全脳照射
脳全体に転移がある場合に行います。
一般的な照射法としては、30Gy/10回/2週や37.5Gy/15回/3週を行い、また40Gy/20回/4週(Gyはグレイと読みます。放射線の単位です)も行われることがあります1)。
定位手術的照射
1個だけ、あるいは多くとも4個以内の脳転移に対して行う方法で、CTとコンピューターの進歩により可能となりました。
今後さらに広まると思われますが、今のところ、全身の状態によっては通常の全脳照射の方がよい場合もあります。
骨転移に対する放射線治療
疼痛緩和(痛みを抑える)の目的で行います。
照射法は状況に応じていろいろで、30Gy/10回(2週)、20Gy/5回(1週)、8Gy/1回(1日)という方法が推奨されています1)。
- 1) 肺癌診療ガイドライン2019年版 NSCLC 転移など各病態に対する治療
肺に照射する放射線療法
早期非小細胞肺がんでの放射線治療
がん細胞に放射線を照射して、がんを死滅させる治療法です。何らかの原因で手術をおこなわない場合、早期の非小細胞肺がんには、放射線治療による単独治療が薦められています。
また、CT、コンピューターの進歩により、心臓などの周りの臓器に影響を与えずより安全に治療をおこなうための照射法(3D-CRT)が推奨されています。
III期非小細胞肺がんでの放射線治療
III期の多くは手術ができないので、化学療法(抗がん剤)が可能な場合は放射線療法との併用(化学放射線療法)を、化学療法の治療が難しい場合は放射線治療単独での治療が推奨されています。
III期の場合でも胸水がたまっているようなときは、放射線照射は第1選択にはなりません(症状をやわらげるための放射線治療は考慮されます)。
放射線単独で治療する場合、通常分割照射法(1日1回、月曜から金曜までの週5回)で、少なくとも合計60Gy(30回)の照射をおこなうように推奨されています。
III期非小細胞肺がんでの化学放射線療法と免疫療法
化学放射線療法は、放射線治療と抗がん剤による化学療法を組み合わせておこなう治療方法です。
IIIA期の非小細胞肺がんのうち、「手術で完全にがん病巣をとり除くことができ、体力的に手術が可能」と判断された場合は、手術が選択され、術後に化学療法、または化学放射線療法がおこなわれます。術前にこれらの治療をおこなう場合もあります。
IIIA期の非小細胞肺がんのうち、縦隔のリンパ節に転移がある場合や手術で完全にがん病巣をとり除くことが不可能な場合および体力的に手術に耐えられないと判断された場合と、IIIB/C期の非小細胞肺がんで化学放射線療法の適応と判断された場合には、化学放射線療法が治療の第一選択になります。
また化学放射線療法後に免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法をおこなうこともあります。
限局型小細胞肺がんで用いられる放射線治療
限局型の小細胞肺がんと診断され、手術よりも他の治療法が適していると判断された場合の標準治療は、化学療法(抗がん剤)と放射線治療の併用(化学放射線療法)です。
胸部放射線治療
小細胞肺がんの速い進行を抑えるため、「加速過分割照射法(45Gy/30回/3週)」が第一選択です。この方法では約3週間、1日2回の頻度で放射線を照射します。ただし、体の状態やがんの場所などで放射線治療の副作用が懸念される場合には、1日1回の治療を約6週間続ける「定位放射線治療」がおこなわれることもあります。
予防的全脳照射(PCI)
小細胞肺がんは比較的脳へ転移しやすいという特徴があります。限局型小細胞肺がんで、最初の治療で効果が十分に得られた患者さんを対象に、予防的に脳全体へ放射線を照射する治療が推奨されています。この治療は、脳への転移を防ぐことを目的としており、予防的全脳照射(PCI:ピーシーアイ )と呼びます。
この治療で十分な脳転移予防効果を得るためには、薬物療法や化学放射線療法で良好な治療効果が確認されてからできるだけ早期(治療開始から6カ月以内)におこなうことが望ましいとされています。
予防的全脳照射は1回あたりの線量が2.5Gyの照射を10回相当用いることが勧められています。治療期間は約2週間です。(医療施設により異なる場合があります。)
なお、進展型小細胞肺がんの患者さんに対しては、予防的全脳照射による効果が確認されていないため、現在推奨されていません。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版, 金原出版株式会社
放射線療法で起きやすい副作用
放射線治療の副作用は肺臓炎、食道炎、皮膚炎が中心
放射線治療による副作用は主に放射線を照射した部位に起きます。主な副作用として、放射線治療中や終わりごろから症状が強くなる肺臓炎、食道炎、皮膚炎があります。他にだるさ、食欲低下、白血球の減少などが起きることもあります。
肺臓炎は咳や痰の増加、発熱、息切れといった症状で始まります。食道炎は固形物の通りが悪くなり、胸やけや痛みといった症状が出ることもあります。皮膚炎はかゆみをともない、赤くなったり皮がむけたりします。
副作用の症状に対する治療をおこないながら、できるだけ放射線治療を続ける
放射線治療による肺臓炎で症状が出たり、酸素不足(低酸素血症)になったりしたときは、ステロイドなどで治療をおこないます。
食道炎で症状が強いときは、鎮痛剤で症状をやわらげたり、栄養剤の点滴で栄養を補ったりします。皮膚炎には軟こう剤で対処します。
副作用の症状が強いときは症状をやわらげる治療をおこないながら、放射線治療はできるだけ休まずに継続します。放射線治療による副作用は、通常は治療後2週から4週ぐらいで改善します。
化学療法(抗がん剤治療)の役割
化学療法(抗がん剤)とは
化学療法は、「細胞障害性抗がん剤」という種類の薬を使う治療のことです。細胞増殖を制御しているDNAに作用したり、がん細胞の分裂を阻害したりすることで、がん細胞の増殖を抑える治療法です。作用の異なる薬剤を組み合わせた併用療法や、単剤療法など、患者さんの状態や病気の進行具合によって使用される薬剤は異なります。外科手術や放射線治療が肺そのものに対しておこなわれる「局所療法」であるのに対し、化学療法は広がっているかもしれないがん細胞を消滅させる目的でおこなわれる「全身療法」です。
非小細胞肺がんのうち手術が適さない場合や、小細胞肺がんに対しては化学療法と放射線治療を併用する化学放射線療法が治療の中心となります。
化学療法による生存期間の延長効果が報告されています。
なお、化学療法は抗がん剤単剤、もしくは組み合わせで用いられます。現在は、化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせて治療することもあります。
化学療法(抗がん剤)と副作用
・非小細胞肺がんに対する化学療法
Ⅱ~Ⅲ期では、再発や転移を予防する目的で、手術後に化学療法による治療をおこなうことがあります。また、転移を防ぐ目的に加えて、手術での完全切除率(がんを完全に切除できる確率)を高める目的で、手術前に化学療法がおこなわれる場合もあります。
Ⅲ期で手術は適さないが、放射線治療の効果が期待できる場合に、化学療法と放射線治療とを併用する「化学放射線療法」をおこなうことがあります。
Ⅳ期では薬物療法が治療の中心となり、患者さんのがん細胞の遺伝子変異や性質、全身状態によって分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬・抗がん剤を単独もしくは組み合わせる方法が選択されます。
・小細胞肺がんに対する化学療法
小細胞肺がんは、化学療法が効きやすいのが特徴で、限局型、進展型ともに化学療法での治療が中心です。
限局型の患者さんでがんを手術で取りきれると判断された場合は、再発や転移を防ぐため、手術の後に化学療法をおこないます。手術が適さない場合は化学療法と放射線治療を併用する「化学放射線療法」が標準治療となりますが、体の状態を考慮して化学療法のみまたは放射線治療のみで治療をおこなうこともあります。
進展型の場合は、薬物療法が中心の治療です。従来は化学療法のみでしたが、2019年から進展型小細胞肺がんの患者さんについては化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法が新たな選択肢に加わりました。
・化学療法で起こりやすい副作用
化学療法による副作用の種類や時期、程度は、使うお薬の種類によってまた患者さんによって異なります。
一般によくみられる副作用は、吐き気・嘔吐、食欲低下、口内炎、下痢、便秘、全身倦怠感、末梢神経障害(手足のしびれ)、脱毛などです。このような自分でわかる副作用のほかに、検査をしないとわからない副作用もあります。これらの副作用には白血球減少、貧血、血小板減少、肝機能障害、腎機能障害、心機能障害、間質性肺炎などがあります。近年、吐き気や白血球低下などの副作用を軽くする薬剤が発達してきました。副作用が現れる時期はある程度わかっているため、状況に応じてこれらの薬剤を使用することで症状をやわらげることができます。
しかし、副作用の重症度には個人差があり、まれに命にかかわる副作用がみられることもあります。副作用対策もがんと同じく早期発見・早期治療が大切です。早めに対策を取ることで、治療の中止を防ぐこともできます。主治医や薬剤師から予測される副作用について説明を受け、注意すべき症状が現われた場合は速やかに病院に連絡するようにしましょう。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
・国立がん研究センターがん情報サービス「薬物療法もっと詳しく」
抗がん剤治療と副作用:非小細胞肺がん、小細胞肺がん
非小細胞肺がんの化学療法
白金(プラチナ)製剤と他の抗がん剤を組み合わせて使います
手術ができないIIA/B期・IIIA期やIIIB/C期の非小細胞肺がんの一部では胸部への放射線治療と抗がん剤の併用療法(化学放射線療法)が治療の第一選択となります。IIIB/C期の一部とIV期では抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤を用いた薬物療法と緩和療法が治療の中心となります。
これらの抗がん剤治療には、白金(プラチナ)製剤と他の抗がん剤を組み合わせたプラチナ併用療法がおこなわれます。
決められたスケジュールで点滴します
プラチナ併用療法では、白金(プラチナ)製剤と他の抗がん剤を決められたスケジュールで点滴します。通常は3〜4週間を1サイクルとして4回繰り返します。
再発時には1〜2種類の抗がん剤を使います
1回目の化学療法で効果がみられなかったり、治療後に病気が悪化したときには、2回目の化学療法として1種類の抗がん剤を点滴で投与する治療が行われます。場合によって、2種類の抗がん剤を併用することもあります。
小細胞肺がんの化学療法
小細胞肺がんは非小細胞肺がんに比べ、抗がん剤による効果が得られやすいため、抗がん剤が治療の主体となります。早期であっても手術単独ではなく、化学療法(抗がん剤)を併用することが勧められています。
病期分類と治療法
限局型:手術+術後化学療法、化学療法+胸部放射線治療併用
進展型:化学療法単独、化学療法+免疫療法併用
臨床成績
- ・進展型に比べて限局型では高い治療効果がみられることもあり、がんが縮小・消失した状態を長期間維持できる人もいます。
- ・一般に通常の検査でわからないくらいになった小細胞肺がんの場合、その状態が2〜3年以上続くと再発の危険は減少します。
化学療法で起きやすい副作用
副作用は使うお薬の種類によって異なり、個人差もあります
薬物治療(抗がん剤治療)による副作用の種類や頻度は、使うお薬の種類によって異なります。なお、よくみられる副作用としては、吐き気・嘔吐、食欲不振、口内炎、下痢、便秘、全身倦怠感、末梢神経障害(手足のしびれ)、脱毛などがあります。自分で症状を感じられる副作用の他に、白血球減少、貧血、血小板減少、肝機能障害、腎機能障害、心機能障害、肺障害といった検査などでわかる副作用もあります。副作用の程度には個人差があり、まれに重い副作用で命にかかわることもあります。
こうした副作用のほとんどは一時的なもので、大部分は治療後2〜4週間で回復します。吐き気や嘔吐は薬を使った後の数日間を中心に起こります。脱毛と末梢神経障害は数カ月かかりますが、徐々に回復します。
注射やお薬を飲んで副作用の症状を和らげます
白血球が大きく減っている場合は、細菌などによる感染症にかかるリスクが高くなりますので、白血球増殖因子(G-CSF)と呼ばれる白血球を増やす薬を注射することがあります。
ひどい貧血が起こったり血小板が大きく減少したりしているときは輸血を行うこともあります。吐き気や嘔吐には吐き気止めの薬を使います。
脱毛や末梢神経障害に対する効果的な治療法は残念ながら今のところありません。
肺がんの分子標的薬とは
肺がん治療薬の種類
肺がんの薬物治療に使う薬剤は、抗がん剤(化学療法)、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬に大きく分けられます。
抗がん剤は、細胞のDNAに働きかけたり、分裂を阻害したりして、細胞の増殖を邪魔する薬です。
分子標的薬は、がん細胞を増やす分子に働きかけて、がんの増殖を邪魔する薬です。
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞によって免疫があまり働かなくなっている状態を元に戻すことによって、人間の体にもともと備わっている免疫にがん細胞を攻撃させる薬です。
分子標的薬とは
人間の体はたくさんの細胞が集まってできており、また、その細胞はたくさんの分子が集まってできています。たとえば、細胞の中には遺伝情報をもつDNAがありますが、このDNAはたくさんの分子がつながってできたものです。そして、DNAの遺伝情報を読み取って作られたタンパク質も分子でできています。
近年、がんができ、増えるメカニズムを分子レベルで解明する研究が進んでおり、がんの発生と増殖にかかわる分子が次々に見つかっています。分子標的薬は、そのような分子を標的としてねらい撃ち、がん細胞が増えないようにする薬です。
分子標的薬は、標的とする分子によって種類が分かれます。肺がん治療で使用されるものには、がんの発生・増殖にかかわる分子を標的とした薬剤、がんに栄養を与える血管を作らせる分子を標的とした薬剤などがあります。
がんの発生・増殖にかかわる分子を標的とした薬剤には、上皮成長因子受容体(EGFR)を標的としたEGFR阻害剤、ALK融合タンパク質を標的としたALK阻害剤、ROS1融合タンパク質を標的としたROS1阻害剤、BRAFキナーゼを標的としたBRAF阻害剤、MEKというキナーゼを標的としたMEK阻害剤、METキナーゼを標的としたMET阻害剤、RET融合タンパク質を標的としたRET阻害剤、KRAS変異タンパク質を標的としたKRAS阻害薬があります。
これらの薬剤が標的としているタンパク質(分子)は、変異をもつ遺伝子から作り出されたため、通常のように制御されず、がん細胞を増やす信号を常に発信しています。しかし、薬剤によってこれらの分子の働きを邪魔すると、がん細胞を増やす信号がストップされ、がん細胞を死滅させることができます。
がん細胞は増殖に必要な酸素や栄養分を手に入れるため、新しい血管を作らせるタンパク質(血管内皮細胞増殖因子:VEGF)を自ら分泌し、周辺に新たな血管を作らせます。血管新生阻害薬は、このVEGFの働きを邪魔して血管を作らせないようにする薬剤です。通常、抗がん剤と併用します。
分子標的薬の導入と副作用
肺がんの治療で使用されている分子標的薬のうち、EGFR阻害剤はEGFR遺伝子変異、ALK阻害剤はALK遺伝子転座、ROS1阻害剤はROS1遺伝子転座、BRAF阻害剤とMEK阻害剤はBRAF V600遺伝子変異、MET阻害剤はMET遺伝子変異、RET阻害剤はRET遺伝子変異があるときに効果の高い薬です。このため、小細胞がんと扁平上皮がん以外の進行・再発肺がんでは、治療を始める前に遺伝子検査を行い、これらの遺伝子変異がみつかったら、変異に応じた分子標的薬を優先的に使用します。
分子標的薬はがん細胞にある特定の分子に働きかけるため、副作用の種類は標的とする分子により異なります。
正常な細胞をがん化させ、がんを増殖させる遺伝子変異とその遺伝子が作る分子は、ここで紹介した以外にもいくつか見つかっており、現在、それらを標的とした新たな分子標的薬の開発が進められています。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版,金原出版株式会社
EGFR阻害剤の働く仕組み
EGFR阻害剤はEGFRから出る信号に作用
EGFR遺伝子変異が認められる患者さんでは、非小細胞肺がんの治療薬の1つで、EGFRを治療標的としたEGFR阻害剤(EGFRチロシンキナーゼ阻害剤:EGFR-TKI)というお薬の効果が期待できます。
EGFR阻害剤は、EGFRのチロシンキナーゼ部位を特異的に阻害して、EGFRから細胞内へ、がん細胞が増殖するための信号が伝わることを遮断することで、がんが大きくなるのを抑える、または、がんを小さくすると考えられています。
EGFR遺伝子変異が認められる非小細胞肺がんの患者さんでは、EGFRのチロシンキナーゼの働きが常時ONになっており、がん細胞増殖の信号を遮断するEGFR-TKIというお薬が効果を発揮しやすくなっています。 EGFR-TKIによる治療を受けるためには、がん細胞にEGFR遺伝子変異があることを確認する必要があり、性別、喫煙歴、がんの種類(腺がん・非腺がん)などの患者さんの背景にかかわらず、EGFR遺伝子変異検査を実施し、変異状況を明確にすることが求められます。
EGFR遺伝子変異が認められる非小細胞肺がんの患者さんにEGFR-TKIを投与した場合、がんが小さくなることが期待できます。ただし、 EGFR遺伝子変異が認められる患者さんでも、EGFR-TKIによる効果が得られないこともあります。また、いったん効果が得られても、がん細胞がEGFR-TKIに対して抵抗性を身につけてしまうため(獲得耐性)、次第に効果が減弱してしまいます。
EGFR遺伝子変異とがん細胞の増殖
がん細胞は自分自身が増殖することで大きくなり、病気を悪化させます。
がん細胞の表面にはEGFR(上皮成長因子受容体)と呼ばれるタンパク質ががん細胞を増やす働きをしています。
EGFR-TKIはがん細胞を直接攻撃するのではなく、EGFRの働きを阻害することで、がん細胞の増殖を抑える、または、がんを小さくすると考えられています。
ALK阻害剤の働くしくみ
ALK融合遺伝子とがん細胞の増殖
ALK融合遺伝子はがん細胞が増え続けること(増殖)を促す遺伝子で、ALK融合タンパクの働きにより細胞の増殖を促すスイッチを常につけた状態にします。この増殖スイッチをOFFにするために開発されたのが、ALK融合タンパクを治療標的とする抗がん剤(ALK阻害剤)です。ALK阻害剤はALK融合タンパクに作用し、がん細胞の増殖を促進する信号を遮断して、がん細胞の増殖を抑えていると考えられます。
ALK阻害剤による治療を受けるためには、遺伝子検査をおこなってがん細胞にALK融合遺伝子があることを確認する必要があります。
ALK融合遺伝子変異が認められる患者さんにALK阻害剤を投与すると、がんの増殖が抑えられ、腫瘍が小さくなったり、大きくなるのを防ぐことが期待できますが、効果が得られないこともあります。また、腫瘍の増殖が一定の間、抑えられても、やがて腫瘍が増大してしまうこともあります。これは、がん細胞がALK阻害剤に対して抵抗性を身につけてしまうためです(獲得耐性)。
ALK融合遺伝子からできるタンパク質に作用
ALK融合遺伝子とは、何らかの原因によりALK遺伝子と他の遺伝子が融合することでできる特殊な遺伝子のことです。ALK融合遺伝子があると、この遺伝子からできるタンパク質によってがん細胞を増殖させるスイッチが常にONになった状態になります。
ALK阻害剤は、ALK融合遺伝子からできるタンパク質に作用することで、がん細胞が増殖するのを抑えられると考えられています。
抗VEGFヒト化モノクローナル抗体の仕組み
がん細胞に新しい血管ができることを妨げるお薬です
わたしたちの体には新しい血管を作ることを促す働きをする血管内皮増殖因子(VEGF)という物質があります。VEGFはVEGF受容体という物質とつながることで血管を作る働きをします。がん細胞はこのVEGFという物質を大量に作り、新たな血管を引き込んで、酸素や栄養を取り込もうとします。
VEGFヒト化モノクローナル抗体は、VEGFがVEGF受容体という物質とつながりにくくすることで、新しい血管ができないようにするお薬です。
お薬がきかなくなる場合と、その後の治療
分子標的薬による治療で、がんが縮小したり、増え続けること(増殖)が抑えられた場合でも、治療を続けていくと、やがてその分子標的薬の効果が減弱してしまいます。これはがんがその分子標的薬に対する耐性を獲得するためです。細胞増殖を促進する信号の増強や変化が起こり、その標的分子が発信する増殖信号を止めることができなくなったり、他の信号が強まって、がん細胞が増殖することが原因です。
EGFR-TKIへの耐性
たとえばEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんでは、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)による治療が第一選択となります。しかし、EGFR-TKIによる治療で、がんが縮小したり、増殖が抑えられた場合でも、治療を続けていくと、やがてEGFR-TKIの効果が減弱してしまいます。これはがんがEGFR-TKIに対する耐性を獲得するためです。
がん細胞がEGFR-TKIに耐性を獲得する原因には、EGFR遺伝子のT790M変異、c-MET増幅、HER2増幅などがあり、頻度はT790M変異が50〜60%、c-MET増幅が15〜20%、HER2増幅が20〜25%です。1)細胞増殖を促進する信号の増強や変化が起こり、EGFR-TKIではEGFRが発する増殖信号を止めることができなくなったり、EGFRからの信号は止めることができても他の信号が強まって、がん細胞が増殖してしまったりします。他には、がんのタイプが非小細胞がんから小細胞がんへ変化してEGFR-TKIが効かなくなってしまうこともあります。
- 1)Cortot, AB., et al.: Eur. Respir. Rev., 23(133), 356, 2014
耐性ができた後に使われるお薬
がん細胞の表面に発現しているEGFR(上皮成長因子受容体)と呼ばれるタンパク質からの信号が細胞内に伝わるとがん細胞が増え続け(増殖)ます。この信号の伝達を止め、がん細胞の増殖を抑える薬剤がEGFR-TKIです。
EGFR遺伝子変異が認められた非小細胞肺がんに対して、EGFR-TKIによる治療をしていると、いったんは効果が得られても、いずれEGFR-TKIが効きにくくなってしまうこと(耐性)があります。耐性となる遺伝子変異としてT790Mというのが知られています。この変異が生じるとEGFRの構造が変化して、第一・第二世代のEGFR-TKIはEGFRに結合できず、EGFRが発信する信号を止めることができなくなってしまいます。
T790変異が認められた場合には、T790変異があってもEGFRに結合して、EGFRが発信する信号を止めることができる第三世代のEGFR-TKIによって治療をおこないます。
ROS1阻害剤の仕組み
がん細胞が増え続けること(増殖)を抑えるお薬です
わたしたちの体の中で、何らかの原因によりROS1遺伝子と他の遺伝子が組み合わさり、ROS1融合遺伝子という特殊な遺伝子ができることがあります。このROS1融合遺伝子はがん細胞を増殖させるスイッチが入ったままにする働きがあることがわかってきました。
ROS1阻害剤はROS1融合遺伝子をもつタンパク質の働きを抑えることで、がん細胞が増殖しないようにするお薬です。
分子標的治療で起きやすい副作用
分子標的治療の副作用は標的とする分子によって異なります
分子標的薬ではそれぞれのお薬でターゲットとする分子が異なりますので、副作用の出方も違います。
下痢は多くの分子標的治療薬で起きる副作用です。皮膚にぶつぶつができたり、爪の周りに炎症ができたり、皮膚が固くなったり腫れたりする皮膚障害も比較的多くみられます。
心臓に障害が起きる心毒性、呼吸困難をもたらす間質性肺炎、腸に穴があく腸管穿孔、動脈がつまる動脈血栓症など命にかかわる副作用がまれに起きることもあります。
塗り薬やお薬を飲んで副作用の症状をやわらげます
副作用の症状に応じて、塗り薬を塗ったりお薬を飲むことで、副作用の症状をやわらげることができます。
気になる症状がある場合は、がまんせずに病院に相談しましょう。
BRAF阻害剤の働く仕組み
細胞増殖で重要な因子となるBRAFというタンパク質があります。がん細胞のBRAF遺伝子に変異(異常)が起こると、BRAFタンパク質がたくさんでき、がん細胞が無秩序に増え続ける(増殖)ようになり、正常な細胞を障害し組織を壊します。
BRAF阻害剤は、この異常なタンパク質の働きを抑えることで、無秩序に促進されていたがん細胞の増殖を止めます。
BRAF遺伝子に変異が認められるがん細胞にBRAF阻害薬を投与すると、がんの増殖が抑えられ、腫瘍が小さくなったり、大きくなるのを防ぐことが期待できますが、効果が得られないこともあります。また、腫瘍の増殖が一定期間の間、抑えられても、やがて腫瘍が増大してしまうこともあります。これは、がん細胞がBRAF阻害薬に対して抵抗性を身につけてしまうためです(獲得耐性)。
本来の免疫の力を取り戻す新しい治療法
免疫とは
私たちの体には、体内に侵入した病原菌、ウイルスなどの異物を排除しようとする「免疫」という機能が備わっており、正常な細胞ががん細胞に変化した場合にも、免疫の働きによりがん細胞を排除し、がんの発症を抑制しています。
一方で、私たちの体には、免疫が過剰に働き正常な細胞を攻撃しないよう免疫の働きを調節する機能も備わっています。がん細胞は正常な細胞から変化するときに、さまざまな特性を獲得しますが、中には免疫の調節機能を利用して、免疫の働きを抑制し、免疫の攻撃から逃れる能力を獲得することがわかってきました。
免疫療法とは
そこで、がん細胞による免疫の抑制を解除し、がん細胞を排除する本来の免疫の働きを取り戻そうとする治療法が開発されました。がん免疫療法といいます。この治療法は、免疫の働きを高めようとする別のがん免疫療法や他の抗がん剤治療などと併用する場合もあります。
免疫療法には、免役チェックポイント阻害薬、サイトカイン療法やがんワクチン療法、エフェクター細胞療法などがあります。肺がんでは、非小細胞肺がん、小細胞肺がんそれぞれで一部の免疫チェックポイント阻害薬が保険適用となっています。
また、サイトカイン療法は、免疫細胞が作り出す物質(インターロイキン2、インターフェロンアルファなど)を体内に注射することで免疫を活性化させ、がん細胞への攻撃力を高めます。
がんワクチン療法は、がん細胞の目印になる物質(抗原)を体内に注射して免疫細胞ががんを見つけやすくすることにより、がん細胞への攻撃力を高めます。抗原の種類によって、がんペプチドワクチン、腫瘍細胞ワクチン、樹状細胞ワクチンなどがあります。
エフェクター細胞療法は、がん細胞を直接攻撃する免疫細胞(CD8陽性T細胞、NK細胞など)を患者さんの体から取り出し、体外で増え続け(増殖)、活性化させてから体内に戻し、がん細胞を攻撃させる治療方法です。
これらの、免疫チェックポイント阻害療法以外の免疫療法は、肺がんに対する治療効果は認められていません。科学的な方法で効果が証明されている治療法だけが国から承認を受け、医療保険が適用されています。
免疫療法は、免疫の働きを高めてがん細胞を攻撃させるという治療法ですが、免疫の働きを高め過ぎてしまうと、自身の細胞や臓器を攻撃し、副作用として現れる可能性があります。これを免疫関連副作用といいます。
肺がんの免疫療法と免疫チェックポイント阻害薬:作用と副作用
免疫療法は、がん細胞による免疫の抑制を解除して、患者さん自身がもつ免疫の力を使ってがん細胞の攻撃を促す治療法です。そのうちの1つ、免疫チェックポイント阻害薬による治療は、肺がんをはじめ、多くのがん種で承認され、医療保険が適用されています。
肺癌診療ガイドライン2021年版によれば、肺がんの治療に使われる免疫チェックポイント阻害薬は、非小細胞肺がんでは抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、進展型小細胞肺がんでは抗PD-L1抗体と呼ばれる薬剤です。
非小細胞肺がんでは進行・再発のⅣ期の患者さんの治療に用いられます。また、Ⅲ期の患者さんに対しても、がんが限られた範囲にとどまっていない場合で手術が適さない場合、根治を目指した治療として、根治的化学放射線療法の後に最大12カ月間用いられます。
進展型小細胞肺がんの患者さんに対しては、化学療法(抗がん剤)に免疫チェックポイント阻害薬を併用する治療がおこなわれています。
免疫チェックポイント阻害療法以外にもいくつかの「免疫療法」がありますが、肺がんに対する治療効果は認められていません。科学的な方法で効果が証明されている治療法だけが国から承認を受け、医療保険が適用されています。
免疫チェックポイント阻害薬のメカニズム
現在、免疫チェックポイント阻害薬にはPD-1抗体、PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体がありますが、ここではPD-1抗体、PD-L1抗体のメカニズムを説明します。
免疫の主役ともいうべきT細胞は、がん細胞に特有のタンパク質を認識すると活性化し、そのタンパク質を発現しているがん細胞を攻撃します。一方でT細胞には免疫の働きが過剰になるのを抑えるために、PD-1という受容体が備わっており、そこにPD-L1という物質が結合すると、T細胞の活性は低下し、がん細胞への攻撃をやめてしまいます。がん細胞の中にはPD-L1を発現して、T細胞の攻撃から逃避して生き延びるものができてきます。抗PD-1抗体はT細胞に発現したPD-1に、抗PD-L1抗体はがん細胞に発現したPD-L1に直接結合し、がん細胞による免疫の抑制を解除します。
このように抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体はT細胞のPD-1とがん細胞のPD-L1の結合を防ぎ、T細胞の活性を維持し、がん細胞を排除しようとする薬剤です。
参考:
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
・日本肺癌学会編:患者さんのための肺がんガイドブック2021年版,金原出版株式会社
進展型小細胞肺がんへの免疫チェックポイント阻害薬
これまで化学療法(抗がん剤)のみで行われてきた進展型小細胞肺がんの薬物療法ですが、2019年8月から一部の免疫チェックポイント阻害薬が保険適用になりました。
進展型小細胞肺がんの場合、免疫チェックポイント阻害薬は、従来から使われている化学療法(抗がん剤)と組み合わせて、点滴注射で投与します。
患者さんの体調などによって、化学療法のみ、あるいは免疫チェックポイント阻害剤との併用で治療が行われますので、主治医とよく相談しましょう。
参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版, 金原出版株式会社
免疫療法で起きやすい副作用
本来、人間の免疫の働きは、弱すぎないよう、そして強すぎないように体内で制御されています。免疫療法は、がん患者さんの弱まっている免疫の働きを高めてがん細胞を攻撃させるという治療法ですが、免疫の働きを高め過ぎてしまうと、自身の細胞や臓器を攻撃してしまうことがあり、副作用としてあらわれる可能性があります。これを免疫関連副作用といいます。
主な免疫関連副作用としては、皮疹などの皮膚障害、肺炎などの肺障害、下痢・腸炎などの胃腸障害、重症筋無力症・筋炎などの神経障害、甲状腺機能低下症といった内分泌障害などがあります。
重大な免疫関連副作用が起きたときは、免疫療法薬の投与を中止します。副作用の症状を和らげるために、ステロイド剤など、免疫を逆に抑える薬を使用することもあります。
気になる症状が出た場合は自己判断せずに、主治医や看護師、薬剤師に相談しましょう。
がん免疫療法ってなに?
2018年ノーベル生理学・医学賞を本庶佑博士とジェームズ・アリソン博士が受賞したことでも話題になっている、がん免疫療法の免疫チェックポイント阻害薬。
その恩恵を受けることができるのか、その効果は? 副作用は? ネットや情報誌にあふれる自費診療でのがん免疫療法との違いは? など、患者さんが気になっている疑問を、国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科・後藤悌先生に聞いてみました。
【がん発生メカニズムと免疫】
- 「がん」と免疫の関係について教えてください
免疫とは、自分の体を守るために、自分の細胞とは違う異物をみつけて、排除するはたらきをしています。細菌やウイルスのように外部からやってくるものを異物と認識して攻撃したり、臓器移植後に他人からもらった臓器を異物と認識し排除しようとして拒絶反応を起こしたりします。
また、私たちの細胞は日々新しくつくられて入れ替わっています。その中で、少し形の違う不良品がつくられることも珍しくありません。しかし、免疫細胞のはたらきで、多くの不良品は異物と認識され、攻撃・排除されています。
ところが、その中で異物と認識されずに残ってしまったものが、がん細胞として増殖していくのです。つまり、がんができている状態というのは、免疫が、がん細胞を異物として認識できずに見逃してしまったということです。
病原菌のように、自分の細胞とかけ離れた形をしたものは、異物と認識しやすいのですが、がん細胞は、自分の細胞が少し形を変えただけなので、見分けがつきにくいと考えられます。また、近年の研究では、がん細胞自身が免疫細胞から逃れるために、免疫細胞の活性化を抑えるということもわかってきました。
【がん免疫療法とは】
- がん免疫療法とはどんなものですか?
がん患者さんが、偶然、感染症などで高熱を出したり、強い炎症症状を起こしたりしたあとに、がん細胞が消えてしまったということが、まれに起こることとして古くから知られていました。
その事例から、病原菌と闘うために発熱している間や強い炎症反応が起こっている間は、免疫細胞が通常より活発に働くのではないかという仮説につながり、さまざまな方法で免疫を活性化して、がん細胞を攻撃させようとする「がん免疫療法」が研究されてきました。その方法には、薬によって免疫を活性化したり、免疫細胞を増やしたり、インフルエンザワクチンのように、がん類似物を注射してがん細胞を認識しやすくするなどがあります。
いずれも、がん細胞を直接攻撃するこれまでの抗がん剤とは異なり、自分の免疫細胞を活性化させて、その免疫細胞にがん細胞を攻撃させる治療法です。しかし、手術や放射線治療、化学療法に優る効果が科学的に証明できないまま、長い年月が費やされました。
- これまでのがん免疫療法と免疫チェックポイント阻害薬の違いを教えてください
がん免疫療法の目標は、「免疫細胞が、がん細胞をいかに見逃さず異物と認識し、攻撃できるようにするか」です。従来のがん免疫療法では、異物と認識させるために攻撃力を増す(アクセルを踏む)方法が検討されていました。
それに対し、がん免疫療法に全く新しい考え方を見出して注目を集めている免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫細胞(T細胞)の攻撃にブレーキをかけているのではないかとの観点から、ブレーキをはずして、再度、攻撃力を復活させるという考え方の治療薬です。
免疫チェックポイント阻害剤のいくつかは、肺がんに効果があることが科学的に証明されています。
【治療効果】
- 肺がんの免疫療法は画期的な治療と聞きますが、高い効果があるのですか?
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肺がんの免疫療法は、確かに画期的な治療法ですが、残念ながらすべての人に効果があるわけではありません。
理論的には、免疫細胞から異物として認識されやすいタイプの肺がんに効果が高いと考えられるため、それを見分けるために事前に検査を行って、より効果的に使用できるよう試みられています。
2018年時点で、肺がんの治療薬として、免疫チェックポイント阻害薬の使用が認められているのは、「手術で切除できない進行性の非小細胞肺がん」、治療時期としては、ステージでいえば、Ⅲ期とⅣ期が対象です*。
Ⅲ期で局所のがんであれば、抗がん剤治療をしながら放射線治療を行ったすぐあとに継続的な治療として使用します。Ⅳ期で、免疫療法に効果があるタイプの肺がんであると検査で確認された場合は初回治療として使用します。それ以外は抗がん剤治療をしたあと、再発したときの治療として使用します。
- * 2019年8月、一部の薬剤で進展型小細胞肺癌へも適応拡大となりました。
- * 2022年5月、一部の薬剤で切除可能な非小細胞肺がんにおける術後補助療法へも適応拡大となりました。
【治療方針】
- がん免疫療法は、どんな人に選択されるのでしょうか?
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多くの検査を経て、免疫チェックポイント阻害薬が他の抗がん剤より効果が高いと考えられる場合に使用を勧めます。
肺がんは、患者さんによってタイプや進行度が異なります。また、がん細胞の増殖には多くのメカニズムが関係しているため、患者さんのがんのタイプを見極め、一つの治療法で劇的な効果を期待するのではなく、複数の方法を組み合わせて治療します。
肺がんの発生には、喫煙や紫外線など長期間にわたって絶えず細胞が刺激を受け、小さな傷であっても細胞の多くの場所にダメージができる場合(慢性的な変化の継続)や、数は少ないけれど大きな深い傷がある場合(ゲノム異常・遺伝子異常)などがあり、それぞれの成り立ちの違いから、がんの性質も異なります。
慢性的な刺激で変化したタイプのがんでは、その容貌が広範囲に変化するため、元の自分の細胞とはかけ離れた異物と認識されやすくなり、理論的には免疫療法の効果が期待できます。それに比べ、一部分のみ大きく傷ついている細胞では、自分の細胞と似ているため、異物とみなされにくくなり、免疫療法の効果は期待されにくいと考えられます。その一方で、その傷を目印に攻撃をかける分子標的薬などの抗がん剤があり、その効果が期待できます。
実際の治療では、がんのタイプを見極めるために、X線検査、CTなどの画像検査、細胞・組織診断、血液検査、遺伝子検査などさまざまな検査をします。その結果、多くの臨床試験のデータから、より高い効果が期待できる薬物から治療を開始します。
【安全性】
- 肺がんの免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)の副作用を教えてください
免疫チェックポイント阻害薬に特有のものとして、免疫に関連した副作用があります。
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞のブレーキをはずして、がん細胞を異物と認識して攻撃しやすくする作用を持っています。そのときに、免疫細胞が、ごくまれに自分の正常細胞も異物とみなして攻撃してしまうことがあります。
例えば、甲状腺ホルモンを出す細胞を誤って攻撃すると甲状腺機能低下症になったり、すい臓を攻撃すると糖尿病の症状が出たりします。腸の細胞や神経細胞など、攻撃の対象となる細胞はさまざまで現れる症状もさまざまです。そのため、症状とともに治療開始からどれくらいの時期に、どのような人に出やすいかなど、情報を集積し、できるだけ早く副作用の症状を発見する方法が模索されています。
なお、免疫関連副作用の頻度は、重症で5%未満、軽症で30〜50%といわれています※1。
- ※1 NCCN ASCO 2018 年発行患者向け資料:
- https://www.nccn.org/images/pdf/Immunotherapy_Infographic.pdf
【新しい治療を受けるときの注意】
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新しい治療や医師から勧められたものとは違う治療法を試してみたいと思いますが、
どのように相談すればよいでしょうか?
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肺がんの保険診療の治療薬として承認されるためには、多くの患者さんを対象に、何種類もの投与方法、投与量を研究して、安全性と効果のバランスが最も良い使用方法を科学的に証明しなければなりません。そのため、保険診療で決められている肺がんのタイプ、治療開始の時期、投与量などに従って治療することが、最も高い効果を導くと考えられます。
一方で、すでに確認されている有効率を上げたり、副作用を抑えたりするために、日々より良い治療法を求めて多くの研究機関や病院で新しい治療法が試みられています。
こうした新しい治療に参加してみることも可能です。
これらは「治験」として、効果や副作用が未知の治療法を患者さんに試すもので、世界共通の認識として、患者さんの安全性を担保する多くのサポートを用意して、検査や治療薬などの費用も無償で行われます。
治験の中には、免疫チェックポイント阻害薬を他の薬と組み合わせて使うなど、組み合わせについての検討、投与時期・投与期間・投与量の検討、または放射線治療や他の治療との組み合わせなどがあります。
自由(自費)診療として、治験以外の治療法もあるのかもしれませんが、安全性の保証や治療効果への期待は、これまで説明してきたものに比べて極めて低いと考えられます。
また、ここまで医師の視点で科学的な根拠に基づいた治療法の選択を述べてきましたが、データ上の議論であって、目の前の患者さんに対して、本当にその治療が最善であると確定することはできません。
そのため、実際に治療を行うときには、患者さんやご家族が希望する治療と医師の勧める治療をすり合わせる必要があります。どのような薬・治療にもリスクとベネフィットがあり、ベネフィットを重視するのか、リスクを重視するのかも、患者さんの価値観によっても異なります。
さらに、これらの治療の多くが保険診療という相互扶助で行われているため、より効果の高い効率的な治療を提供する必要があると思っています。
患者さんご自身の要望と、科学的な観点、社会的な観点(環境)の3つを考慮して、治療方針を相談していく必要があると思います。
肺がん治療は、日々進歩しています。効果の高い新薬が増え、生存期間が延長するだけでなく、安定した日常生活が得られるようになったということが大きな進歩だと思います。
さらに安全性が高く、効果の高い治療法の開発を目指して、私たちも研究を続けています。
PD-L1とは?
PD-L1とは?
PD-L1(Programmed cell Death ligand 1)とは細胞の表面に発現しているタンパク質です。PD-L1は免疫細胞であるT細胞の表面にあるPD-1(Programmed cell Death 1)と呼ばれるタンパク質に結合し、免疫細胞の働きを抑制して「攻撃をしないように」と免疫の働きにブレーキをかける役割をしています。
肺がんとPD-L1の関係性
一部のがん細胞には細胞表面にPD-L1をたくさん発現させることによって、免疫の働きにブレーキをかけていると考えられています。そのため、がん細胞は免疫細胞に攻撃されることなく、どんどん増え広がります。
最近ではこの免疫機能に着目した免疫療法が注目されています。免疫療法とはがん細胞を排除する本来の免疫の働きを取り戻そうとする新たな治療法です。
免疫チェックポイント阻害薬
本来の免疫の働きを取り戻すために開発されたのが、PD-1阻害薬とPD-L1阻害薬です。これらの抗体は、PD-1とPD-L1の結合を阻害することで、免疫のブレーキを解除します。これらの薬剤は、免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれています。
免疫療法は、免疫の働きを高めることによって正常な細胞や臓器を攻撃してしまう可能性があり、抗がん剤とは副作用の種類や程度が異なる点に注意が必要とされています。
自分でできる副作用の対処法と工夫
副作用がおこったとき、医師や薬剤師の指導のもと、対処、工夫することで症状が改善する場合もあります。
下記の一覧から各副作用をクリックすると、ご自分でできる対処法や実際に患者さんがおこなった工夫を参照いただけます。
症状が辛い場合や続く場合は、がまんせずに病院に連絡しましょう。
【吐き気・嘔吐(おうと)】
ムカムカする、吐きそう、などの症状が現れることがあります。
吐き気止めが処方されている場合は、指示通りに服用しましょう。吐き気を感じたら、冷たい水でうがいをするとよいでしょう。食事は無理せずに食べられるものを少しずつ食べるようにしましょう。
吐き気や嘔吐が長く続くときや、食事や水分がほとんどとれない状態が続くときは、点滴によって水分や栄養補給をする方法もありますので、がまんせずに病院に連絡してください。
<体験した患者さんの工夫>
- ・吐き気が強く出た食べ物は仕事のある日にはさけるようにしました。
- ・吐き気止めのお薬を飲んで予防しました。においで吐き気が出そうなときはマスクを着けました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
治療の影響で食事がとりづらくなることがあります。
『がん治療中の食事サポートブック2020』(公益財団法人がん研究振興財団)などを参考に食べられるものを探してみましょう。
【口内炎】
口内炎ができて、痛みが出たり、食べ物がしみたりすることがあります。
ふだんから口の中を清潔にするよう心がけましょう。こまめなうがいは、乾燥や感染の予防になります。粘膜を刺激しないように、食事ではかたいものや、熱いもの、香辛料などの刺激物は避けましょう。
症状がひどいようであれば、炎症を抑えるうがい薬や塗り薬、痛み止めを処方してもらう、という方法もあります。
<体験した患者さんの工夫>
- ・食べやすくするためにやわらかく煮込んだり、とろみをつけたりしました。
- ・歯ブラシを使うと吐き気が出るときには、ぬるま湯を使って、ぶくぶくうがいをして口の中を清潔に保つようにしました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
治療の影響で食事がとりづらくなることがあります。
『がん治療中の食事サポートブック2020』(公益財団法人がん研究振興財団)などを参考に食べられるものを探してみましょう。
【下痢】
腸の粘膜が荒れて炎症を起こしたり、感染が起こったりすることで下痢になることがあります。
あらかじめ、下痢止めのお薬が処方されている場合は、医師等の指示に従って服用してください。また、ふだんから、消化のよい食事と十分な水分補給を心がけましょう。
めまい、ふらつきなどの脱水症状がある場合や下痢症状が3~4日続く場合、1日4~6回以上の激しい下痢がある場合は病院に連絡しましょう。
<体験した患者さんの工夫>
- ・おなかを温めてみたり、下着や服を汚さないようにお尻に生理用品をあてたりしました。
- ・トイレに行きたくなったら、がまんしないようにしました。職場には、出勤時や勤務中にトイレに立つことがある旨を話し、理解してもらいました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
治療の影響で食事がとりづらくなることがあります。
『がん治療中の食事サポートブック2020』(公益財団法人がん研究振興財団)などを参考に食べられるものを探してみましょう。
【便秘】
腸の動きが弱くなったり、食事の量が減ったりすることなどによって便秘になることがあります。水分や食物繊維、ヨーグルトなどを意識してとり、無理のない範囲で体を動かすようにしましょう。症状がつらい場合は下剤を処方してもらうという方法もありますので、3日以上便秘が続く場合は、病院に連絡しましょう。
治療の影響で食事がとりづらくなることがあります。
『がん治療中の食事サポートブック2020』(公益財団法人がん研究振興財団)などを参考に食べられるものを探してみましょう。
【全身倦怠感】
疲れやすい、気力が出ないなどの症状が現れ、いつも通りの生活が送りづらいと感じることがあります。倦怠感そのものに対する有効な治療法は十分に確立されていないため、だるさの原因になりうる、貧血や不安、不眠などに対する治療をおこないます。また、体を動かすことでだるさが軽くなることがあります。
仕事や家事は無理のない範囲でおこない、調子の悪いときは十分に休養をとるようにしましょう。
<体験した患者さんの工夫>
- ・勤務中も疲れたら無理をせずに、途中でも仕事を中断して帰宅させてもらうようにしました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
【末梢神経障害(手足のしびれ)】
指先、足先にしびれやピリピリとした違和感が出たり、感覚が鈍くなったりすることがあります。末梢神経障害に有効な予防法や治療法は十分に確立されていませんが、入浴中にマッサージをおこなったり、手のひらや足の指を閉じたり開いたりするなど、血行を良くすることでしびれが悪化しにくくなるといわれています。手足の感覚が鈍くなるのでやけどやケガに注意しましょう。
しびれをやわらげるための治療をおこなったり、症状の程度によっては今使用している薬の量を調節したりすることもありますので、症状が強い場合は主治医に相談してみましょう。
<体験した患者さんの工夫>
- ・手足と足先が冷えるとひどくなる気がするので、お風呂で必ず湯船に浸かり、温めると少し楽になる気がします。ずっとそれを続けています。
- ・細かな作業、例えば、書類をめくる、包装する、ものをつまむなどがスムーズにできなくなったので、指に滑り止めをつけ、焦らず落ち着いて作業しました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
【脱毛】
毛の根元にある細胞が薬剤の影響を受けると脱毛が起こります。頭皮にかゆみや痛みを感じる人もいます。また、髪の毛だけではなく、まゆげ、まつげなどの体毛が抜けることもあります。
直射日光や乾燥に気をつけ、髪を洗うときも地肌を強くこすらないようにし、すすぎはぬるま湯で流すなど、刺激を与えないようにしましょう。
事前にやわらかい素材の帽子やナイトキャップを用意しておきましょう。髪の毛をあらかじめ短めにしておくと、脱毛が起きたときに処理しやすくなります。
脱毛は治療の一時的な副作用であり、多くの場合、治療が終われば再び生え始めます。
<体験した患者さんの工夫>
- ・髪を洗うときには、爪を立てずにやさしく洗うように心がけていました。
- ・ウイッグ(かつら)を使っていましたが、自分に似合う、着けていて素敵に思えるものを、実際に試着して選びました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
【食道炎】
食道に隣接するリンパ節に放射線が照射されると、食道の粘膜に炎症が起こりやすくなり、胸焼けや食べ物がのどにつかえる、食道がチクチク痛むなどの症状が現れることがあります。
よくかんでゆっくり飲み込み、かたいものや大きいものなどの飲み込みづらいもの、刺激が強い食べ物は避けましょう。症状がつらいときは粘膜保護剤や、痛み止めを処方してもらうという手もありますので、主治医に相談しましょう。
治療が終わると症状は徐々に改善する場合が多いです。
【皮膚障害】
皮膚や爪の変色、発疹やかゆみ、皮膚の乾燥などが起こることがあります。また、放射線を当てた部分の皮膚が日焼けしたように赤くなることがあります。
初めて抗がん剤を投与した後に発疹やかゆみが生じた場合は、アレルギー症状の可能性もありますので主治医に相談しましょう。
こすったり、掻いたりして皮膚を傷つけないこと、清潔にすること、保湿することが大切です。入浴はぬるめのお湯で刺激の少ない石けんを用いて短時間に留め、ゴシゴシ洗いすぎないようにします。市販の保湿剤を用いる場合は、皮膚に刺激になる尿素や乳酸が入っていない保湿剤を選びましょう。
<体験した患者さんの工夫>
- ・保湿を心がけています。爪や手先に炎症を起こし水仕事などがつらいので、マイ手袋を用意し、洗剤などに触れないようにしました。水仕事や重たいものを運ぶ時などが本当につらい時は、同僚に伝え代わってもらいました。
(※個人の体験であることにご留意ください)
参考:
・国立がん研究センターがん情報サービス 「患者必携 がんになったら手にとるガイド 普及新版」
・患者さんのためのがん治療による症状で困ったときの職場での対応ヒント集(がん体験者の工夫に学ぶ)第1版
・厚生労働科学研究費補助金 がん対策推進総合研究事業 働くがん患者の職場復帰支援に関する研究(H26- がん政策ー一般ー018)
・がん患者の就労継続及び職場復帰に資する研究(H29- がん対策ー一般ー011)
・国立がん研究センターがん情報サービス「さまざまな症状への対応」
・渡辺 俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本. 2018, 小学館
光線力学的治療法
光線力学的治療(photodynamic therapy: PDT)とは、がん細胞に集まりやすく光に反応しやすい物質(光感受性物質)と比較的エネルギーの低いレーザー光を用いて、レーザーとその物質の光化学反応でがん細胞を壊す治療法です。
治療対象として推奨されるのは、肺の入り口付近にできた(中心型)早期肺がんの中で、がんの大きさが長径1.0 cm以下のものです。
PDTは、光感受性物質が集まったがん細胞のみを低いエネルギーで化学反応を起こして治療するため、レーザー光のみによる物理的な破壊に比較して、正常組織への障害が少ない治療法です。
手術に比べても患者さんの身体的負担は軽くQOLの維持・向上に寄与すると考えられています。
なお、光感受性物質の副作用として日光過敏症がありますが、薬剤の進歩により改善が試みられています。また、肺炎などの予防のため、治療によって壊された組織を気管支鏡を使って除去する必要があります。
参考:
・日本光線力学学会「PDTとは」
・日本肺癌学会編:肺癌診療ガイドライン2021年版,金原出版株式会社
肺がんの治療費はどのくらい?
肺がんの治療費について
肺がんにかかる医療費は、治療費(投薬料、注射料、手術料、その他の処置料など)、入院料、検査料、画像診断料などからなります。そのなかでも、大きな割合を占めるのが治療費です。がんの種類やステージ、加入している公的医療保険や年齢によって異なります。
肺がんに限らずがんの治療は長期にわたり、医療費も高額になります。経済的な負担を軽減するためにも公的医療保険制度や高額療養費制度を確認し、できるだけ早く手続きをとることをお勧めします。
公的医療保険の適用と適用外
公的医療保険には民間会社に勤めている方の健康保険組合や自営業の方などが加入している国民健康保険などがあります。
- ・公的医療保険適用となるもの:
手術費や検査費、薬剤費、入院費など
→自己負担額は1~3割 - ・保険が適用されないもの:
先進医療(粒子線治療など)、差額ベッド代、入院時の食費、通院時交通費、サプリメント、健康食品など
→全額自己負担となります。
高額療養費制度の利用
高額療養費制度は医療費の負担が重くならないよう、1ヶ月(1日から月末)に医療機関へ支払う自己負担額*が一定の限度を超えた場合、その超過分が後日払い戻される制度です。自己負担限度額は年齢と所得によって定められています。
- * 公的医療保険の対象となる医療費のみ
- 厚生労働省:高額療養費制度を利用される皆さまへ(平成30年8月診療分から)
治療費のご相談、ご質問は「がん相談支援センター」へ
全国のがん診療連携拠点病院には「がん相談支援センター」があります。このセンターでは、がん治療にかかわるさまざまなご相談やお悩みに対応しています。がんの治療費が不安なときや助成・支援制度を知りたいときにはご活用ください。
どなたでも無料でご利用いただけます。
肺がんの治療にかかる費用
肺がんの医療費は、肺がんの種類、病期、患者さんの状態、治療法によって異なります。
いくつかの治療を組み合わせることや、入院費やその他の費用が加わる場合もあります。
ここでは、肺がん治療でおこなわれる主な治療法について、標準的な治療期間をもとに医療費の目安を記載しています。
なお、実際には国の「高額療養費制度」などが適用されるため、患者さんが実際に窓口で支払う費用とは異なります
主な治療法と費用の目安
2022年6月現在
- ※ 今後の研究の進展により、治療法・費用は変わる可能性があります。
治療法 | 医療費 | 3割負担額 |
---|---|---|
●外科手術 | ||
胸腔鏡補助下肺葉切除術(入院6日間) | 約158万円 | 48万円 |
●放射線治療 | ||
予防的全脳照射 (10回/25Gy。外来通院10日間) |
約54万円 | 16万円 |
定位放射線照射(入院7日間) | 約86万円 | 26万円 |
●薬物療法 | ||
術後補助化学療法 (抗がん剤単独療法、1年間) |
19万〜38万円 | 6万〜11万円 |
プラチナ併用療法 〔白金(プラチナ)製剤と抗がん剤の併用療法、 3~4週間〕 |
5万~30万円 | 1万5,000~9万円 |
プラチナ・分子標的薬併用療法 〔白金(プラチナ)製剤と抗がん剤、 分子標的薬の3剤併用療法、3週間〕 |
47万~55万円 | 14万~16万5,000円 |
分子標的治療 (分子標的薬単独療法、4週間) |
約10万~75万円 | 3万~22万5,000円 |
免疫チェックポイント阻害薬(1回分) | 約36万~約56万円 | 約11万~約17万円 |
- ・薬物療法の費用は、患者さんの体格による治療薬の用量によって変わります。
ここでは身長155~170㎝、体重50~60㎏の人の場合を記載しています。 - ・使用する薬剤が先発品か後発品かによって医療費が変わります。
参考:
・渡辺 俊一ほか:国立がん研究センターの肺がんの本. 2018,小学館より作成
肺がんにおける先進医療とは
先進医療とは?
先進医療とは、大学病院などで研究・開発され、効果・安全性などの評価が定まっていない新しい試験的な医療技術のうち、厚生労働省が保険適用を検討している治療法です。
効果・安全性の情報が不十分なことから、一部の医療機関でのみ実施が認められています。他の試験的な診療行為と同様、保険診療として実施するにはいまだ十分な有効性・安全性の情報が得られておらず、標準治療と比べて科学的根拠が不十分な治療です。
肺がんにおける先進医療の内容
2022年6月1日現在、先進医療として83種類の医療技術が認められています。そのなかで、肺がんの治療に用いることができる医療技術には、陽子線や重粒子線など特殊な放射線を用いた治療法や、薬物療法の新しい投与法や、新規の遺伝子検査などがあります。
先進医療の費用について
先進医療にかかる費用は、患者さんの自己負担(保険適用外)となります。その他の診察料、検査料、投薬料、入院料などは公的医療保険が適用されます(混合診療)。
先進医療にかかる具体的な費用は、医療技術の種類や実施施設によって異なります。
例
陽子線治療・・・1件あたり、約407万円
重粒子線治療・・・1件あたり、約240万円
先進医療を受けるメリット・デメリット
先進医療のメリットとしては、患者さんの治療の選択肢が増えることが挙げられます。
デメリットとしては、保険適用外のため、標準的ながん治療に比べて高額となる場合があること、治療の有効性と安全性の情報が不十分であること、厚生労働大臣が指定した医療機関でしか実施が認められていないことが挙げられます。
参考:
・厚生労働省:先進医療の概要について
・厚生労働省「先進医療の各技術の概要」2022年2月1日現在
・厚生労働省「令和2年6月30日時点における先進医療Aに係る費用」
妊娠・授乳中の検査と治療
妊娠中に肺がんになる人は少ない?
肺がん患者さんの中で、妊娠中の女性は多くありません。しかし、近年は40歳代での出産が増加しているため、妊娠と肺がん治療が重なるという人も増える可能性があります。
妊娠中は健康診断でX線検査を避け、体調不良があっても悪阻(つわり)と考えてしまうため、がんを発症していた場合でも、その発見や診断が遅れてしまうことが懸念されます。妊娠中の女性患者さんにおいても、早期発見と早期治療は欠かせません。しかし、一般の女性患者さんとは異なり、妊娠中の方には実施できない検査や治療があります。これらについて、詳しく見ていきましょう。
がんの治療が胎児に与える影響
がん細胞は、自分の正常な細胞が突然変異をおこしたもので、細胞の秩序を無視して異常に増え続けるのが特徴です。そのため、がんの治療は、がん細胞が急激に増殖する特徴を利用して、よく増える細胞を攻撃するという戦略をとります。
女性の体内で妊娠が成立すると、1個の受精卵が急激な細胞分裂を繰り返してわずか9カ月ほどで成熟した胎児に育ちます。
そのため、盛んに増殖する細胞を狙うがん治療が、胎児を傷つけ、成長を妨げることが心配されるのです。胎児を守り育て、出産に備えて、血液や体液の量や成分・濃度、体温やホルモン分泌など大きく変化する妊婦の体にとっても、がん治療は大きな負担になります。
妊娠中に避けるべき検査
がんの検査では、X線(レントゲン)、CTがよく使われます。放射線が胎児の成長に悪い影響を与える可能性があるため、妊娠中はこれらの検査は避けるのが普通です。
しかし、がんの疑いがある場合は別です。肺がんの検査で必要なのは胸部のデータですから、胎児に放射線を当てずに検査することが可能です。妊娠初期を過ぎれば、X線やCT検査で照射される強さの放射線で胎児に影響が出る心配はありません。
MRIは放射線を使わず、磁力によって検査します。特に胎児には影響しないとの報告がありますが1)
、造影剤を使用する場合は、造影剤によるリスクを考慮する必要があります。
また、シンチグラフィやPET検査は検査薬剤として放射性同位元素(放射線を放出する物質)を静脈注射するため慎重な検討が必要です。
- 1)日本小児放射線学会 「妊娠中のMRI検査の胎児期、幼年期への影響」論文の紹介
妊娠中のがん治療
非小細胞肺がんのⅠ~Ⅱ期(ステージ1~2)など手術が検討される場合は、手術時の麻酔薬の影響が少ない時期を選ぶことで、妊娠中であっても手術が可能と考えられます。術後補助化学療法(抗がん剤治療)は、出産を終えてから行います。
また、頻度は少ないですが、妊娠中の肺がんで手術ができない場合に選択されるのは、放射線治療です。胸部への局所的な照射で胎児に影響を与える可能性は低いと考えられています。
化学療法(抗がん剤治療)は全身に作用するので胎児へのリスクが予想されますが、妊娠中に使える抗がん剤もあります。
出産のタイミングと方法の選択
上述したように妊娠中でも可能な治療法はありますが、制限されることもあります。
場合によっては、胎児がNICU(新生児集中治療室)で管理可能な体重まで成長するのを待って帝王切開による早期出産を試みることもあります。
また、がんの種類やステージによっては治療を優先するために妊娠中絶を選択しなくてはならないこともあります。
このように、妊娠中にがんと闘う場合、難しい選択が必要になる場面もありますが、現在では、がんを合併する妊婦さんが無事に出産に至ることが珍しくありません。
自分の状況を正しく医療者に伝え、納得のいくまで相談することが大切です。
検査薬剤が母乳にどのくらい影響する?
授乳期間中に最も気になるのは、今、自分が受けている検査や飲んでいる薬がどの程度母乳に影響するかということではないでしょうか。
検査のときに注意していただきたいのは、造影剤や放射性同位元素(放射線を出す物質)を使用する場合です。
ヨードやガドリニウムの造影剤は、油に溶けにくく、母体に投与された量のヨードでは1%以下、ガドリニウムでは0.04%程度が母乳に排出され、母乳を飲んだ乳児が吸収する量も限られるため、授乳を中断する必要はないと考えられています。心配な場合は、造影剤投与から24時間は授乳を避けるようにしましょう。
一方、シンチグラフィやPET検査など検査薬剤として放射性同位元素(放射線を放出する物質)を静脈注射する検査では、検査後も検査薬剤が排泄されるまで、しばらく(約1日程度)授乳を中断することが勧められます。検査前に搾乳したものか人工乳を他の人が哺乳瓶などで与えるなどの方法があります。
なお、胸部への放射線を用いた検査自体は、母乳に影響を与えることはないと考えられています。
抗がん剤治療中でも授乳できる?
母乳は人工乳と比較して、新生児に対して免疫・成長・発達・心理面に良い影響を及ぼすだけでなく、産後の母体の回復を促す効果が大きいとされています。
一般に、抗がん剤治療中は授乳を中断する必要があると考えられていますが、薬剤によっては十分な時間をあけることで授乳可能なケースもあります。
初乳だけでも授乳できないか、治療時期を変更して一定期間の授乳ができないかなど、希望を伝えてみましょう。その上で、検査や治療のスケジュールや方法など、さまざまな選択肢を医師や薬剤師と相談してください。
しかし、がん治療を継続する母親にとって授乳が体力面などで負担になる場合は、無理をせずに人工乳を活用することも適切な選択です。
肺がん手術を受けた患者さんが語る
「くらし・治療・仕事」の体験談
肺がんと診断され、手術を受けると決まってから、さまざまなことを調べているのではないでしょうか。
情報を調べる中で、同じような状況の肺がん患者さんを探すこともあると思います。
ここでは、手術前からその後の生活まで、手術を経験した患者さんの体験についてお話をうかがい、まとめています。他の人の経験で、参考になる部分があるかもしれません。一度、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
監修
国立がん研究センター中央病院
呼吸器外科 科長
渡辺俊一先生
手術までの日々の過ごし方・準備しておいてよかったこと
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手術前は誰もが不安になるものです。
肺がんの治療のために手術を経験した人たちは、手術へ向けて気持ちをどのように整理し、手術後に備えてどんなことをしたのでしょうか。
今回体験談を語った人たちからは、こんな例が挙がりました。 -
CASE
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手術終了から復帰までの道のりについてイメージするようにした
50代男性(手術時40代)|ステージⅡB
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事前の情報整理について
手術前は、手術の流れや日を追うごとの経過について、参考となる情報に触れるようにしました。手術が終わってから1週間、時系列でどんなことをするかを知ることで、手術後の復帰までの道のりを具体的にイメージしました。
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手術後の生活についてはいろんな可能性を想定し、医師から聞いてメモをしておく
50代女性|ステージⅢA
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事前の情報整理について
自覚症状がなかったので、当初は「手術をすれば治療は終わりだ」と楽観的に考えていました。ステージもⅠかⅡだと思っていたので、ⅢAと聞いたときはショックを受けました。「私の肺がんは軽い」と考えて医師がいったことをあまり聞いていなかったので、手術後に化学療法をするといわれて驚きました。手術前に、医師からいろんな可能性をしっかり聞いてメモを残しておけばよかったです。最悪の状況まで知っておくことで、手術後の心構えができると思いました。
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小さな子どもも含め、家族にはがんで手術を受けることを伝えた
40代男性|ステージⅢA
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気持ちの準備について
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娘に「頑張ってきてね」といわれ、家族が一番の支えだなと感じました。がんを知ってからも妻は普段通りにふるまってくれて、子どもたちとTVを観ながら大笑いしている何気ない姿を見るのが嬉しかったです。
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がんの経験者から「手術の前後で身体の状態が変化する」といわれ覚悟ができた
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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気持ちの準備について
手術後、「こんなにも手術前の自分の身体と違うものか」と思いました。手術経験者の言葉を聞くことなく変化に直面していたら動揺したかもしれません。経験者からの言葉で覚悟ができて、いい方向に導いてくれたと思います。
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周りの人に話したら、フォローをしてもらえて心強かった
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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身の回りの準備について
こうした病気をすると周りの人にいいたくない人もいるようですが、私の場合は実家に頼れなかったので、何かあったら助けてもらえるよう近くのお友だちにお願いをしました。さりげなく「何かないか、大丈夫か」と聞いてくれたり、フォローをくれたりと、気にしてくださっていることが心強く感じました。
手術前には作り置きできる料理を作って冷凍したり、息子に洗濯の仕方を教えたり、主婦が家を空けるときの一般的な準備をしました。退院後はすぐに起き上がれるわけでも、家事ができるわけでもないので、あらかじめ2階にある寝室から寝具や着替えを1階に移動させる等、生活の準備もしておきました。
手術の影響による身体の変化と対処
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手術後は、肺を切除した影響で息苦しく感じたり、切った場所に痛みが残ったりする可能性があります。
そんなとき、機能回復を目的としたリハビリをおこなうことで、身体の変化とうまく付き合っていけるようになることがあります。 -
CASE
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薬をうまく使って痛みをやわらげる
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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痛み:つらさと対処
なるべくお薬を飲みたくないと思う人もいるかもしれませんが、先生からは「痛みは我慢するものではない。痛み止めをうまく使えばいい」といわれました。先生に処方されたお薬はうまく使えばいいのではないかと思います。
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痛みをやわらげるために抱き枕やカイロを活用
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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痛み:つらさと対処
手術後2日ほどは痛みがひどく、横になって眠ることができませんでした。痛みのある部分を自分で押さえていると楽だったので、家族に抱き枕を持ってきてもらって、それを抱いてベッドに座った状態で寝ていました。また、温めると痛みが楽になるので、カイロを使って温めました。脇の下から胸にかけて、多いときで5枚ほど貼っていました。
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手術後は痛みや違和感が残ることもあるが、手術前と変わらない生活を送っている
70代男性(手術時60代)|ステージⅠA
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痛み:つらさと対処
手術後3年経った今でも、痛みや気管挿管によるのどの違和感が残っているように感じます。暖かい部屋から冷えたところに行ったり、横になったりしたときに、咳が出ることもあります。肺機能は低下したままですが、手術前からおこなっていた農作業にはほとんど影響していません。概ね、手術前と変わらない生活が送れています。
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手術前に教えられた呼吸器体操で呼吸が楽になった
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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呼吸:つらさと対処
退院後はいつも通り普通に歩いたり、ちょっとした段差を上がったりするだけで息苦しくなりましたが、そんなときは、手術前に看護師さんに教えてもらった呼吸器体操をしていました。ゆっくり口をすぼめて息を吐く、吸うことよりも吐くことに意識を向けると、吐いた分だけ自然に息を吸い込むのだそうです。すごく息苦しくなっても、1~2分じっとしていればもとに戻りました。呼吸器体操は肺の周りの筋肉をストレッチするためにおこなうのですが、手術後も続けています。
また、手術後は痛みのせいで痰が詰まると出しにくくなると聞き、手術前に痰の出し方を練習しました。確かに手術後、痰が絡んでつらく感じたことがあったので、出し方を学んでおいてよかったです。
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手術後は深呼吸ができなくなったがリハビリで改善した
40代男性|ステージⅢA
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呼吸:つらさと対処
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手術前は当たり前のように息を吸ったり吐いたりできたのですが、手術で肺を切除すると呼吸が浅くなってしまい、うまく深呼吸ができなくなりました。呼吸機能を回復するために、目の前のひもに強く息を吹きかけるリハビリをはじめましたが、最初は手術前のように当たり前に息を吹きかけることができませんでした。リハビリの必要性を感じましたね。リハビリを続けることで、呼吸が徐々に改善していきました。
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呼吸も発声もできないのではないかと心配したが、想像したほどではなかった
40代女性|ステージⅠA
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手術後のつらさは人それぞれ
肺を切除するので、「呼吸ができなくなるんじゃないか、声も出なくなるんじゃないか」と思っていましたが、思ったよりも大丈夫だと思いました。声を使う仕事をしているので当分は復帰できないのではないかと思っていましたが、手術の翌日から想像していたよりも話すことができたので安心しました。
治療の中で起こり得る感覚・嗜好の変化と対処
手術後は、再発を予防するために薬物療法をおこなうことがあります。
薬物療法を進める中で、感覚や嗜好に変化が起こることがあります。
戸惑いを覚えるかもしれませんが、このような場合には感覚の変化にあわせて対処をするといいでしょう。医療従事者や周りの人を頼ることも大切です。
CASE
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味覚の変化で白米が食べられなくなった
40代男性|ステージⅢA
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味覚が変化して、白米を苦く感じるようになりました。無理をしても食べられないので、食べられるものを食べるのが一番です。私は味の濃いものなら食べられたので、カップ焼きそばのようなものをよく食べていましたね。無理して食べる必要はなく、食べられるものを食べる。また味覚の変化は人それぞれなので、看護師さんに積極的に伝えてアドバイスをもらっていました。
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脱毛、味覚障害、吐き気等の症状があったとき支えてくれたのは、外来の看護師さん
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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一番支えになったのは、外来のがん専門の看護師さんでした。その人がいろいろと教えてくださったんです。水分補給のためのスポーツドリンクの味が受け付けられず、「それなら無理して飲まなくても、お水でいい」と教えていただいたり、血液検査の結果を確認して「鉄分の入ったチーズを摂るといいよ」「頑張ってレバーを食べよう」等、食事のアドバイスをしてくれたりしました。ずっと同じ人が来てくださって、「今日はどうですか。診察はどうでしたか」と声を掛けてくれるし、つらいときは話を聞いてもらえる。私にとっては一番の精神的な安定剤でした。
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味の濃いものを摂りすぎて身体に影響が出た。食事に気をつければよかった
50代男性(手術時40代)|ステージⅡB
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塩味が感じられなくなりました。味の濃いものを食べてもしょっぱさを感じられないので、より味の濃いものを食べたくなりました。味覚障害が出ていましたが、身体のためには何か食べなければいけないと思って1日3食を1日5食に分け、お菓子やパン、ラーメン等を食べていたら1年で10キロほど体重が増えてしまいました。血圧や尿酸値、中性脂肪の値も上がってしまったんです。食事管理への注意が足りませんでしたね。
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情報収集する中で陥りがちなこと
「知らない」「わからない」という状況は、人を不安にさせます。
不安を解消したいがためにインターネット等で情報を集めるうちに、誤った情報やネガティブな情報にばかりたどり着いてしまうことがあります。
まずは自分のステージや肺がんの種類について主治医から正しい情報を得たうえで、ご自身の状態にあった情報にアクセスすることが大切です。ご自身で情報収集をすることが難しい場合には、周りの人に協力してもらいましょう。
CASE
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医師から聞いた情報をもとに具体性の高いキーワードで検索する
40代女性|ステージⅠA
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ネットの情報をうまく収集するには
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欲しい情報にたどり着くための情報検索のポイントは、なるべく具体的なキーワードで検索することです。たとえば検索サイトでは「肺がん ステージⅠ」「肺がん ⅠA」「肺がん ⅠB」等。他にも、遺伝子変異についても調べました。SNSでも、「肺腺がん」「肺がん」といった言葉や、自分の通う病院名で調べることもありましたね。なるべく自分の状況に近い人の情報を探すようにしました。
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ネットの情報を見て少し暗い気持ちに。ネットからしばらく距離を置いて前向きになった
50代男性(手術時40代)|ステージⅡB
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ネットの情報で不安になったときは
手術を受けた人たちがどうなるかインターネットで調べたのですが、治るのではなく再発してお亡くなりになった人もいて、少し暗い気持ちになってしまいました。そうした情報を見ると自分もそうなるのではないかと怖くなってしまうので、ネットを見るのは控えました。「自分の気持ちが落ち着くまでネットはもう見ない」と決めてからは前向きになれました。
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周りの人は科学的な根拠のない情報を患者本人に押しつけないでほしい
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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患者さんのご家族が民間療法や食事療法等科学的な根拠のない情報を患者さん本人に押しつけてしまう問題があると聞きました。本人はそうした情報を望んでおらず、ご家族とのあいだに亀裂が入る例もあるとのことです。「いや、それはないよ」と思うような情報でも、不安な気持ちでそれを見ると信じてしまうことがあります。そうではなく、ご自分の病気をきちんと知ってどんな情報を得るべきなのか見分けができるよう、そこに時間を使ってほしいと思います。
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正しい情報を得ることが不安をやわらげることにつながる
40代男性|ステージⅢA
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ネットの情報で不安になったときは
ネットで“なんとなく”調べると、不安が助長されますね。知識がなければ情報に振り回されてしまいます。どうしてもがんについて調べたい場合には国立がん研究センターのウェブサイトのような、「ここを見るといいよ」といった指針を、がん相談支援センター等で教えてもらえるといいなと思いました。正しい情報を得ることで不安がやわらぐと思います。
ADVICE
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科学的な根拠のない情報に惑わされず、まずは標準治療について理解すること
50代女性|ステージⅢA
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体験者からのアドバイス
情報を検索するにあたっては、正しい情報にたどり着くことが大切です。そのためには、まず標準治療について理解することですね。「広告」と表示されたウェブサイトに掲載されている情報は科学的な根拠のない場合もあるので、惑わされないでほしいと思います。
家族・友人との関わり方
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家族や友人の中には、患者本人とどう接すればいいか、コミュニケーションに悩む人もいるでしょう。
患者側からも、家族等周りの人に気持ちをわかってもらう努力は必要です。
周りの人に気持ちを伝えにくい人は、このページが参考になるかもしれません。 -
CASE
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診断後すぐの段階で、家族にはがんであることを正確に伝えた
40代男性|ステージⅢA
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家族への伝え方
家族には、泣かれる等いろんな反応があるかもしれません。ですが、がんであることを隠したりいいかげんに伝えたりせず、正確に伝えたほうがいいと思いますね。子どもの年齢が小さくてもわかってもらえると思います。
治療方法には手術や薬、化学療法、放射線治療等いろいろありますが、私は手術をすることを伝えました。最初にがんであること、どんな治療をするかといったことを伝えておけば、何度も病院へ行くことについて説明がいりません。再発の可能性もあるので、しっかり説明することが大切だと思います。
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妻と相談して、がんであることは自分から子どもには伝えず妻に任せた
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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家族への伝え方
手術前の自分には余裕がなく、子どもには何も伝えませんでした。私に余裕があれば妻と子どもに「こういう状態だから、万が一のときはよろしくね」と伝えられたかもしれませんが、できませんでした。奥さんの力を借りて子どもへ伝えるのも一つの手段だと思います。
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周りの人にオープンに話すことで、自分自身の励みにもなっている
70代男性(手術時60代)|ステージⅠA
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家族への伝え方
がんになったことは、家族や職場の人たちにも、すべてオープンに話しています。そのほうが気が楽ですし、頑張らなければという気持ちになります。がんになったことをオープンにすると、過去にがんになった先輩たちや、現在がんと闘っている同士たちとの交友関係が広まって情報交換ができるので、ためになったり励みになったりします。
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特別扱いせずに普段どおり接してくれるのが嬉しい
40代男性|ステージⅢA
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家族との関わり方
妻からは特別扱いされなかったことがよかったと思います。どんより暗くなられたら堪えたのでしょうが、そういうことはなかったですね。なぜ普段どおりの関わり方をしたのかと聞いたら、「本人の気持ちはわからないからいいかげんなことをいえなかった。『大丈夫だよ』と無責任にいうのも失礼だし、普通でいるしかないと思っていた」といわれました。
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周りにはほどよい距離感を保って、普段どおりでいてほしい
40代女性|ステージⅠA
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家族との関わり方
周りの人に立ち入られるのが得意ではないのと、あまり気を遣わせたくないので、家族にはがんのことはあまり相談しませんでした。周りには普段どおりに接してほしいなと思っていました。
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自分が感じていることやつらさを周りに伝えればよかった
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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家族との関わり方
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患者として、素直に「ここがつらい」と口に出すべきだったなと思います。難聴の症状が出たときに我慢してしまったり、味覚障害が出ていたのに無理して食事したり。つらいと素直にいえば、家族もわかってくれたのではないか。しなくていい我慢や努力をしすぎてしまいました。
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友人に状況を説明した。人の気持ちに救われた
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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友人や周りとの関わり方
どこかで周りに頼らなくてはいけないことが出てくるかもしれないので、そうした場合に備え、友人に自分の口から状況を説明して、「何かあったらお願いします」と伝えました。私の入院中は息子に差し入れをしてくれる等、さりげない気遣いをしてくれて、「何かあったらいつでもいってね」「いつでも吐き出せるようにお茶に付き合うよ」と。そうした人の気持ちに一番救われた気がします。
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不安な気持ちを一人で抱え込まず周りの人にも伝えた
40代男性|ステージⅢA
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友人や周りとの関わり方
手術後も自分一人では不安を受け止めきれず、精神的に不安定になっていました。そんな私を見ていた看護師さんが、がん相談支援センターを紹介してくれました。がん相談支援センターの人たちの明るさに救われましたね。一人で抱え込まなくても助けてくれる人たちがいることを実感しました。
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気持ちをさらけ出せる場所を見つけたことで周りに相談するきっかけになった
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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友人や周りとの関わり方
通院している病院内のがん相談支援センターに電話をしました。がん相談支援センターの人たちは私の気持ちを汲み取ってくださって、ここでならネガティブな気持ちをさらけ出せると思いました。そこから、夫にも話してみようという気持ちに変わっていきました。
仕事のこと
肺がんになったとき、「仕事を続けられるのか、辞めなくてはならないのか」「職場に伝えるか、伝えないか」を悩む人もいるでしょう。どう伝えればいいかは、職場の環境によります。
体験談をもとに、病気について伝えた場合に起きたこと、伝えなかった場合に起きたことを紹介します。さまざまなケースから、自分にあった仕事との関わり方を見つけましょう。
CASE
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上司に伝えて早期に復帰。「社会復帰は最大のリハビリ」を実感した
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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職場に伝えた場合
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がんの告知を受けたとき、肺がんと診断されたことを正直に上司に伝えました。理解のある人で、「自分の命が最優先だ」と。手術から10日後に復帰して1か月間は定時に帰らせてもらいたいことを上司に伝えたときも、「よしわかった」といってくれました。当時は働き方改革という言葉はなく、残業して当たり前。そんな中、定時で帰らせてもらっていました。
執刀医から「社会復帰が最大のリハビリ」といわれたのが印象的で早期に仕事へ復帰しましたが、身体と対話しながら自分のペースで会社に戻ってよかったと思います。 -
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「察してほしい」ではなく正直に伝えてよかった
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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職場に伝えた場合
私の性分で、がんになったことを隠すこともなく、周りに正直に伝えました。「昼間に薬をたくさん飲んでいたり、急に咳き込んだり、痛そうな顔をしていても気にしないでくれ」と。当時は芸能人でがんにかかる人も多く、テレビでも2人に1人ががんになる時代といわれるようになってはいましたが、いきなり「肺がんになりました」と伝えられて驚いていたようでした。ですが、「察してほしい」と思うより、はっきりと伝えるほうがいいと思います。あまり深刻ないい方をしないことも大事ですね。
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最初は伝えずにいたが、つらくなり職場の皆に伝えることに
40代男性|ステージⅢA
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職場に伝えた場合
自分の経験から肺がん患者さんたちに伝えたいことは、職場には伝えたほうがいいということです。最初に「私はがんです。配慮は必要だけれど普通のことはできます。しかし、こういうことができないので皆さん協力してください」といえばよかったと後悔しているからです。
私は復帰後、肺がんのことは上司以外には誰にも伝えていませんでした。それがもとで、同僚との関係が悪くなってしまったのです。疲れたという発言が多くなって心配されたり、仕事を手伝ってほしいというと嫌みをいわれてしまったり。それがつらくなり、職場の人たちに伝えることにしました。
職場の人たちにどう伝えるのがいいかは、まず上司に相談しました。がんの治療にはこんな副作用があって、仕事をするうえでこんなことがあると知ってもらえるとありがたい。「大丈夫?」と聞かれるよりは、そういう症状があるということを“理解”してほしいと考えていました。それなら全員に知ってもらおうということで、私の場合は組合報に載せてもらいました。治療の経過やつらさ、治療を選択したときの気持ち等を伝えたのです。「私は仕事を続けたいのです。ただ、こういうことができなくなってしまった。皆さん協力してください」ということを発信することで、仕事とがん治療の両立につながると思いますね。
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看護師さんに相談してみて、身体を動かす仕事も続けられた
70代男性(手術時60代)|ステージⅠA
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職場に戻る前にしたこと
1日10,000歩も歩くような、身体を動かす仕事をしていたので、「こんな状態でも仕事に行っていいのかな」と看護師さんに相談しました。看護師さんからは「運動になると思うなら大丈夫ですよ」といっていただいて、手術後1か月で職場に復帰し、抗がん剤を打ちながら仕事をしていました。
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仕事の量や内容を制限されたくないので伝えていない
40代女性|ステージⅠA
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職場に伝えていない場合
仕事関係の人には病気であることを伝えていません。「無理をさせられないから」「これは難しいよね?」と、仕事量や内容を制限されたくない気持ちがあります。ステージⅣでもっと大変な治療をしている患者さんの中でも、夜勤やフルで働いている人もいる。そういう人が元気にされているので、自分もセーブせずできるところまでやろうと思っています。「無我夢中で働いているうちに治ってしまいました」となればいいですよね。
他の患者さんとのつながり・患者コミュニティの活用
治療を継続していくなかで、共感しあえる仲間や情報交換できる場がほしいと思うようになるかもしれません。
そんなとき、患者会やブログ、SNS等、患者同士がつながるコミュニティを活用するのも一つの方法です。自分にとって居心地のいい場所を見つけましょう。
CASE
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患者会でいろんな情報に触れるようになり、新たな治療の選択肢に出会えた
40代男性|ステージⅢA
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患者会
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「この治療が効かなければ半年しか生きられない」といわれたときは、自分でどう受け止めていいかわかりませんでした。不安な気持ちや悩みを聞いてもらいたいと思い、患者会を検索してみたのです。自分の症状や治療、そのときの思い等をグループで話し合ったり、ときには医師が来て講演をされたり。そんな中、グループに入ってきてくれた医師に自分の状況を伝えたところ、別の治療法の可能性をとても丁寧に説明してくれました。
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当時は主治医がいう治療法しかないと思い込んでいたのですが、「他にも治療法はある。可能性は低いけど、ご検討ください」といってくれました。そこで別の治療法について詳しく調べて主治医に伝えてみたら、検査していただけることになったのです。主治医以外の医師とお話する機会があったのはよかったですね。本当に救われました。
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単なる情報収集だけでなく、共通言語で話せる仲間もできた患者会
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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患者会
患者会ではいろいろなご縁ができました。先日は、オンライン会議ツールで日本中の患者さんが集まるイベントがありました。過去には乳がんや舌がん、胃がん等いろいろな患者会に行きましたが、肺がんの人は肺がんのコミュニティで集まるほうが共通言語で話せるので、話しやすいと思いました。他の種類のがん患者さんたちとは悩みの種類も違うので、同じ肺がん患者さん同士のほうが話がわかりやすいですね。
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がん患者とつながることで、つらさや頑張りを共有できる
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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患者会
手術を受けられた人には痛みが残ります。そのため「手術後何年も痛いよね。息苦しさがあるよね」「わかる、わかる」ということもありますし、「次に検査がある」「頑張って乗り越えよう」という気持ちもわかり合えます。そういう人たちとは遠方に住んでいても前からのお友だちのように普通にお付き合いができている。病気や検査のつらさがわかり合えて、お互い励まし合えることが力になります。
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おしゃべりサロンでステージや年齢等自分と似た人と交流を持っている
70代男性(手術時60代)|ステージⅠA
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患者会
地元に「おしゃべりサロン」という肺がんの患者会があります。開催は2か月に1回で、参加は自由。いつも14~15人が集まって話しています。「今こんな薬を使っていて、こんな副作用が出ている」といったようなことを、仲間からいろいろと聞くことができます。ステージや年齢等が自分と似た人と交流を持つことは大事だと思いますね。いろんなことを聞けて励みになります。
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考え方が異なる人の話でも、情報の一つとして役に立つ部分を切り取って参考にする
40代女性|ステージⅠA
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SNS
情報を発信している人の性格や考え方が自分とは違っても、情報の一つとしてとりあえず触れるようにしています。たとえば、「医師からはこういわれたけど、私はこうする」と発信している人がいたら、「私ならこうするのにな」と思っても、違う観点からの情報として、医師がいったセリフ等を切り取って参考にする、という感じです。
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SNSでステージ・年齢等が自分と似た人と個人的な交流を持っている
40代女性|ステージⅠA
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SNS
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同じような悩みを持つ人から情報収集したり交流したりするためにSNSを始めました。SNSだと、同じステージの人や同じくらいの年齢、同じ遺伝子タイプ等自分に近い人が見つかります。
SNSは、相互フォローしている人にしか見られない鍵付きアカウントの人が多いので、そういう人に直接メッセージをしてフォローさせてもらっています。知りたい情報があると伝えると皆さん親切に教えてくれるので、内容の濃い情報が得られるように思いますね。 -
今後もSNSを使った情報収集は続けると思います。情報はどんどん新しくなっていくので、肺がん治療はいまどうなっているのか気になりますし、SNSはがんと関係なく日常の会話でつながることができます。がんとは関係のないところでも交流できているのが嬉しいですね。
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ADVICE
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お付き合いのポイントは「全員が同じ考えではない」と知ること
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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体験者からのアドバイス
病気でない人に病気の話をしても、わかっていただけるわけではありません。同じ患者仲間であれば、薬の話や痛み、つらさ、吐き気があったときにどうしたらいいかといった具体的な話ができます。ただ、ブログや患者会で知り合ったからといって、みんなが同じ考えであるとは限りません。いろんな考えがあり、いろんな立場がある。ステージⅣの人から見てステージⅢの人は根治できる可能性があるので、「手術ができていいよね」といった言葉をかけられたり、思われたりすることもあるのです。必ずしも全員が同じ考え方ではないことは知っておくといいかもしれません。
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さまざまなコミュニティの中から自分の居心地のいい場所を見つけてほしい
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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体験者からのアドバイス
ブログや患者会等、他の患者さんと知り合う場はいくつもあります。その中からご自分の居心地のいい場所を見つけてほしいと思います。中には自分に合わないところもあるでしょう。最初から最後まで同じコミュニティにいなければいけないわけではありません。私も、何回かウェブサイトを見たり、患者会に足を運んだりしているうちに自分に合う人たちが見つかりました。ブログは特にそうで、この人とお話をしてみたいという人を見つければいいのです。お友だちを見つけたいと思ったら急ぐ必要はありませんし、我慢してお付き合いすることもありません。
主治医とのコミュニケーション
二人三脚で肺がんの治療に臨む主治医とは、どうコミュニケーションを取ればいいのでしょうか。
「自分の症状をうまく伝えられない」「何から聞けばいいかわからない」という場合には、事前にメモをして整理しておくのがポイント。ご自身でメモを作りづらい場合は、周りの人に相談してみましょう。
主治医に直接話しづらい場合には、看護師等にあいだに入ってもらうのも一つの手段です。
CASE
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診察前に聞きたいことをメモしておく
60代女性(手術時50代)|ステージⅢA
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事前準備をしてみたケース
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主治医は限られた時間で診察しているので、患者さんが要領よく話すことも大切だと思います。自分が何を不安に思っているのか、どんなことを先生に聞きたいのか、あらかじめまとめておく。患者会でおすすめしているのは、診察の前に聞きたいことをメモしておき、それに沿って話すことです。病院によっては、「ここが不安です。心配です」といった気持ちを書き出して、診察前に渡しておけるシステムがあるところもあります。一番心配なのはどんなことなのか、患者さん側から話せるように自分でまとめておくといいと思います。
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納得できるように診察前に情報を調べ、質問を考えておいた
40代女性|ステージⅠA
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事前準備をしてみたケース
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外来の診察の時間は短いので、そこでいわれたことを調べたり、一から聞いたりするのは難しいですし、聞き忘れることもあります。ですから、診察に臨む前に「これとこれは聞こう」と準備をしていました。たとえば、あらかじめ自分の状況に対する治療法について調べて、治療の選択肢を整理しておきます。診察時には先生に「この状況だからこの薬を飲んだほうがいいということでしょうか?」と確認をするように聞きます。そうすると先生は「イエス」「ノー」で答えてくださったり、わかりやすい回答をしてくれます。
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予備知識がないまま診察に行って、治療法について「どうしますか?」と聞かれても、急には答えられません。ですから前もって調べておいて、「この中からこれを選択しようと思いますがいかがでしょうか」という感じで、先生がピンポイントで答えられるようにしておくといいと思いました。
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入院以来残していた日記や診断書がセカンドオピニオンで役に立った
50代男性(手術時40代)|ステージⅡB
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事前準備をしてみたケース
当時入っていた生命保険の付帯サービスを使って、セカンドオピニオンを受けたことがありました。私は入院して以来治療についての日記をパソコンに残していたので、セカンドオピニオン当日はそれをプリントアウトして持っていきました。また、先生に聞きたいことをあらかじめメモしていきました。治療した日付等は覚えていられないので、そうした記録を取っておいて役に立ったと思います。
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先生に話しづらいことがあり、看護師にあいだに入ってもらった
40代男性|ステージⅢA
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第三者に相談してみたケース
先生と意見が合わなかったり、いいたいことがなかなかいえなかったりするのであれば、先生との関係性づくりやセカンドオピニオンについて、がん相談支援センターに相談するという手段もあります。私の場合は花粉症の症状があったのですが、がんの治療中に花粉症のことを先生にいい出せずにいました。それを外来の化学療法室の看護師さんに伝えたところ、「私から伝えておいてあげるよ」と。
先生とぶつかってしまったり、うまくいってないなと感じたりするなら、看護師さん等他の医療従事者の人に相談する。それでもうまくいかないならセカンドオピニオンでもいい。誰かにコミュニケーションの取り方について相談するのはいいことだと思いますね。
ADVICE
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自分も知識を持ったうえで医師と相談することで、納得いく治療法が選択できると思う
40代男性|ステージⅢA
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体験者からのアドバイス
医師から一方的に「あなたにはこの治療法しかありません」といわれて「わかりました」と飲み込むのではなく、「なぜその治療法なのですか?」と相談しながら治療を進めていけるといいですね。万が一それがマイナスの結果になったとしても、自分で選択したことだから納得がいくと思います。
もしもの再発に備えた心構え
治療中でも治療後でも、がんが再発するケースがありますが、がん医療は日々進歩しています。がんが再発しても、あきらめることなく次の治療法を模索することができるかもしれません。
もしもがんの再発を受け止められない場合には、気持ちをサポートしてくれる、頼れる場があることを覚えておいてください。
CASE
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再発・悪化したが、患者会で別の治療法があることを知って試すことができた
40代男性|ステージⅢA
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再発した人のエピソード
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手術後に再発し、当時使っていた薬がまったく効かずどんどん症状が悪化していきました。主治医には「がん末期の状態」といわれ受け止めきれずにいたところ、患者会で出会った医師から他の治療法の可能性を教えてもらいました。それが今の治療につながったので、本当に救われましたね。
私の場合、再発した場合の説明がなかったので不安でしたが、「抗がん剤や放射線療法等の可能性もあるよ」といわれていたら、心構えができていたと思います。 -
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看護師さんの献身的な支えで精神的に助けられた
70代男性(手術時60代)|ステージⅠA
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再発した人のエピソード
何でも相談できる看護師さんがいて、再発時に今後のことを一緒になって真剣に考えてくれたので助かりました。今でも病院へ行くと、「元気ですか?」と声をかけてくれるのが嬉しいです。
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がんは治る病気だという前向きな気持ちでいる
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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再発に対する心構え
今よりも1か月長く生きれば、来月にはいい薬ができているかもしれません。「がんと共に生きるんだ」という前向きな気持ちで過ごすようにしています。
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再発した場合に備え、患者コミュニティについて知っておく
50代男性(手術時40代)|ステージⅡB
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再発に対する心構え
もしも再発したら、いろいろ情報がほしくなると思います。何かあったときに相談できるように、患者会のような場の選択肢は知っておいたほうがいいと思います。
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再発した人から「再発したらまた治せばいい」といわれて心が軽くなった
60代男性(手術時50代)|ステージⅠB
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再発に対する心構え
患者会で出会ったある患者さんに「再発が怖い」というと、「再発したらまた治せばいいんだよ」といわれました。その人はがんが再発・転移してご自身も大変な中そういってくれたのです。この言葉で心が軽くなりました。
お金のこと
肺がんの治療には高額な費用がかかるのではないかと不安に思っている人もいるのではないでしょうか。治療費は、保険やさまざまな制度を活用することで負担をやわらげることができます。
体験談を語ってくれた人たちからも、実際に「保険に入っていたことで治療費をまかなえた」という声が挙がっています。
ADVICE
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自分が加入している保険の見直しや高額療養費制度等の確認を
40代女性|ステージⅠA
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体験者からのアドバイス
抗がん剤でも、保険でカバーできるものとそうでないものがあります。「自分が使う薬は保険の内容に含まれている」と思っていたのに含まれていなかった、といったことも起こりうるので、保険の適用範囲を確認したほうがいいでしょう。入院時には、高額療養費制度が適用されるかどうかも、併せて確認したほうがいいと思います。
緩和ケアとはどういうもの?
病気にともなう心と体の痛み・つらさをやわらげるケア
がんの治療中、患者さんは痛みや息苦しさ、吐き気、だるさ、食欲の低下など、さまざまな体の不調に直面します。また、がんと診断されたとき、治療中、再発や転移がわかったときなど、さまざまな時期に、不安や気分の落ち込みなど精神的なつらさやストレスを感じます。
緩和ケアとは、患者さんやご家族の、病気にともなう心と体の痛み、つらさをやわらげ、その人らしく、より豊かな生活が送れるように支えるケアのことをいいます。
「痛みがあるのは仕方ない」「つらいなんて言っていいのかしら」と、痛みやつらさをがまんしてしまう人も少なくありません。しかし、つらい症状が続くと、眠れなくなる、食欲がなくなる、動けなくなる、落ち込みやすくなるなど生活に支障を来たすようになり、前向きに治療に取り組むことも難しくなってしまいます。
また、緩和ケアというと「末期の患者さんの治療」というイメージをもつ人もいるようですが、近年では、早い時期から、がんの治療とあわせて緩和ケアをおこなうことで、患者さんやご家族の生活の質(QOL)を保つことが大切と考えられています。
がんの治療と緩和ケアの関係
肺がんの緩和ケアについて
緩和ケアとは、がんと診断されたときから患者さんが感じるさまざまな不安や苦痛、たとえば体の痛みや不快な症状、心に感じる苦しみ、社会生活を営むうえでの不安、経済的な不安などをやわらげ、患者さんがよりよい生活を送れるようケアすることです。また、患者さんだけでなく家族も同様に苦痛を抱えているため、ケアが必要です。
緩和ケアは、病期や治療の経過にかかわらず、患者さんと家族がつらいと感じるときにおこなわれるものです。緩和ケアをおこなっているのは、緩和ケア病棟、緩和ケアチームによる入院中の診療、緩和ケア外来、在宅治療中の訪問看護や在宅緩和ケアなどで、患者さんの状況に応じて受けることができます。
肺がん患者さんの家族のためのケア
患者さんの家族は、患者さんと同様の精神的苦痛を抱えていることがあり、第2の患者と呼ばれます。
がんと告げられた後やその後の経過において、家族も患者さんと同じように神経のたかぶりや不安、いらだち、怒りを抱え、うつ状態に陥ることがあります。また、家族は患者さんの苦しみを受け止めて支える存在であるため、自分の苦しみを表に出せず苦しい立場におかれがちです。患者さんが肺がんと向き合い、自分らしく生活していくには、家族の支えが不可欠であり、家族が精神的苦痛に押しつぶされてしまわないようケアする必要があります。
家族のためのケアについてはこちらをご覧ください。
家族が肺がん患者さんにできるケア
患者さんのつらさがやわらげば、家族のつらさもやわらぎます。
患者さんが悪心や嘔吐で苦しんでいたら背中をさする、副作用に応じて食事の味付けを変える、痛みのある部位をさする、服用する薬を準備するなど、患者さんのために家族ができることはたくさんあります。
家族も治療に参加しているという意識を持つことが、家族の精神的苦痛の軽減にもつながります。
緩和ケアについての詳細は以下をご覧ください。
入院・外来・在宅での緩和ケア
入院して緩和ケアを受けるには?
がん治療とともに受ける方法と緩和ケア病棟に入院する方法があります
入院して緩和ケアを受ける場合は、がんの治療をしながら緩和ケアチームの診療を受ける方法と、緩和ケア病棟に入院する方法があります。
緩和ケアチームとは、医師や看護師、ソーシャルワーカーなど多くの職種のメンバーによる専門的な緩和ケアを提供するためのチームです。医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、心理士、栄養士、リハビリテーション担当者などで構成されます。
全国のがん診療連携拠点病院には、すべてに緩和ケアチームがあります。また、それ以外の医療機関でも、緩和ケアチームが結成されている施設もあります。
緩和ケアチームを構成するメンバーの職種と役割
医師 | 痛みや治療による副作用など体の症状を担当する医師と、心のケアを担当する精神科、心療内科などの医師が参加し、担当医と連携してケアにあたります。 |
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看護師 | 患者さんやご家族の日常生活、退院後・転院後の療養生活などについてのアドバイスや調整などをおこないます。 |
薬剤師 | 患者さんやご家族に、薬物療法の指導やアドバイスをおこないます。 |
ソーシャルワーカー | 治療などに関わる助成制度や経済的な問題、仕事や家庭などの心配などについての支援をおこないます。 |
心理士 | 患者さんやご家族の心のケア、カウンセリング、心理検査などをおこないます。 |
栄養士 | 食事や栄養に関する指導、アドバイスをおこないます。 |
リハビリテーション担当者 | 担当は患者さんの自立や日常生活を維持するための治療、指導等をおこないます。 |
心身の苦痛緩和が主となる「緩和ケア病棟」
緩和ケア病棟とは、がんを治すための治療(手術や放射線、薬物療法など)をすることが難しくなった方、あるいはそういう治療を望まない方を対象に、体と心の苦痛緩和に力を注ぐ専門病棟です。点滴や注射など、患者さんにとって苦痛をともなう検査や処置はできるだけ少なくするよう配慮され、病棟には、痛みや息苦しさなどのつらさをやわらげる知識や技術に精通している医師や看護師などのスタッフがいます。
一般病棟と異なり、家族や大切な人といつでも面会できるように、面会時間の制限をなくしている施設もあります。患者さんがご家族と一緒に過ごせるように、個室を多く設け、ご家族が宿泊するためのソファーベッドやキッチンなどを備えている施設もあります。面会の人とゆっくり過ごせる部屋があったり、行事や催し物がおこなわれたりと、患者さんができるだけリラックスし、楽しく過ごせるように配慮や工夫がなされています。
さらに、外来や在宅での緩和ケアにスムーズに移るための支援や、在宅療養している患者さんの緊急時の受け入れなどもおこないます。
担当医や看護師、がん相談支援センターなどで相談を
緩和ケア病棟を探したいときは、担当医や看護師、ソーシャルワーカー、もしくはがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターや医療連携室などに相談するといいでしょう。
費用については、厚生労働省から承認を受けている緩和ケア病棟の場合、医療費は定額制(治療内容にかかわらず1日にかかる医療費は一定額に決められていること)です。入院期間によって入院料が異なり、室料差額分が必要になることもあります。また、一定額を超えた医療費は高額療養費制度を利用することで返金されます。
費用や制度の詳細については、加入している医療保険者、医療機関のソーシャルワーカーや会計事務担当者に確認しましょう。
緩和ケア外来って?
通院治療を続けながら緩和ケアが受けられます
緩和ケア外来とは、緩和ケアチームによって、通院患者さんに対して緩和ケアを提供する専門外来です。治療の担当医と連携して、がんの治療をおこないながら、体と心の痛みやつらさをやわらげるためのケアをおこないます。
入院中に、緩和ケア病棟、あるいは緩和ケアチームによるケアを受けていた患者さんが、退院後に引き続き外来でケアを受けることもあります。また、がんの治療が一段落した後にも、痛みやだるさなどの不調が残ったり、体調や今後の病状などに不安を抱えたりすることもあり、そういう患者さんに対して外来でケアをおこなうこともあります。
さらに、訪問診療や訪問看護の医師、スタッフと連携して、在宅での緩和ケアに移るためのサポートをしたり、紹介のお手伝いをすることもあります。
患者さんだけでなく、ご家族の心身の負担を軽くするためのケアや支援もおこなっています。
担当医や看護師、ソーシャルワーカーなどに相談を
緩和ケア外来でのケアを受けたい、緩和ケア外来について聞きたいというときは、まずは担当医や看護師、ソーシャルワーカーなど、身近で話しやすい医療スタッフに話してみましょう。
緩和ケアチームによる診療を受ける場合、「緩和ケア診療加算」として「1日あたり3900円×健康保険の自己負担率」の費用がかかります。例えば、3割負担の場合は、1日あたり3900円×0.3=1170円がかかることになります。一定額を超えた医療費は高額療養費制度を利用することで返金されます。費用や制度の詳細については、医療機関のソーシャルワーカーや会計事務担当者に確認しましょう。
自宅で緩和ケアを受けることはできる?
在宅での緩和ケアも可能です
多くの方にとって、住み慣れた自宅はもっとも安心でき、快適に生活できる場所でしょう。入院や外来で受けることのできる緩和ケアの多くは、在宅でおこなうことも可能です。病状が安定していて、身体的に問題がなければ、自宅で療養をしながら緩和ケアを受けることもできるでしょう。
緩和ケアでは、飲み薬などによる治療のほか、注射や点滴などによる処置をおこなうこともあるため、自宅で緩和ケアをおこなうときには、在宅医療について専門的な知識をもっている訪問診療医や訪問看護師、地域の調剤薬局の薬剤師、ケアマネジャー、ホームヘルパーなど、医療と介護の専門スタッフがチームとして連携し、在宅患者さんをサポートします。
在宅での緩和ケアを受ける際には、患者さんやご家族とチームのスタッフで、どのような生活を送りながら、どのようなケアを希望するのかをよく相談し、治療や処置のしかた、緊急時の対応方法などをしっかり確認しておくことが大切です。
患者さんやご家族が安心して在宅での緩和ケアを続けられるように、家庭での生活ペースを守りながらサポートをおこないます。
病院と連携したチーム医療のサポートが受けられます
在宅での療養を選択したからといって、病院から離れて孤立してしまうわけではありません。訪問診療医など緩和ケアのチームを通じて病院とのつながりを維持し、病状の変化などに応じて必要な医療やサポートを受けることができます。
また、自宅だけでなく、介護施設などさまざまな療養の場で緩和ケアを受けられる場合もあります。在宅での緩和ケアを希望する場合は、担当の医師や看護師、がん相談支援センター、最寄りの在宅緩和ケアセンターなどに相談しましょう。
肺がん患者および家族のケアについて
肺がんの緩和ケアについて
緩和ケアとは、がんと診断されたときから患者さんが感じるさまざまな不安や苦痛、たとえば体の痛みや不快な症状、心に感じる苦しみ、社会生活を営むうえでの不安、経済的な不安などをやわらげ、患者さんがよりよい生活を送れるようケアすることです。また、患者さんだけでなく家族も同様に苦痛を抱えているため、ケアが必要です。
緩和ケアは、病期や治療の経過にかかわらず、患者さんと家族がつらいと感じるときにおこなわれるものです。緩和ケアをおこなっているのは、緩和ケア病棟、緩和ケアチームによる入院中の診療、緩和ケア外来、在宅治療中の訪問看護や在宅緩和ケアなどで、患者さんの状況に応じて受けることができます。
緩和ケアについての詳細は以下をご覧ください。
2022年12月掲載