【専門医に聞きました】がん複合免疫療法
がん複合免疫療法のひとつに、2種類の免疫チェックポイント阻害薬を併用して使う薬物治療があります。
非小細胞肺癌の治療に対しても2020年11月から保険適用となりました。
免疫チェックポイント阻害薬1剤でおこなうがん免疫療法と、どのように違うのか、がん薬物治療の専門家である近畿大学医学部腫瘍内科 主任教授の林秀敏先生にお聞きしました。
【非小細胞肺がんの免疫療法】
- 免疫チェックポイント阻害薬の登場で、肺がん治療はどのように進化したのでしょうか。
化学療法(抗がん剤)が中心だった2000年代頃までの進行期の肺がんは非常に予後が悪く、発病後の生存期間は1~2年といわれていました。その後登場した分子標的薬は、がんの発生や進行に直接的な役割を果たすドライバー遺伝子の変異が陽性の患者さんにのみ恩恵があるという現状があります。
そこへ免疫チェックポイント阻害薬が登場し、2015年にPD-1阻害薬、続いてPD-L1阻害薬が承認され、2020年にはPD-1阻害薬と併用して使用するCTLA-4阻害薬も承認されました。そのおかげで肺がんの薬物治療は抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の3本柱で治療戦略が組み立てられるようになりました。
免疫チェックポイント阻害薬が使用可能になって肺がんの治療が進歩したと考えていることのひとつは、一部の患者さんでは5年以上の長期に生存する方がいることです。患者さんが真に望むこととしては、一時的ながんの縮小や、数カ月間の生存期間の延長ではなく、元気に長生きできることだと思います。数としては多くはないものの、患者さんに希望をもっていただくことができるようになったのは、免疫チェックポイント阻害薬が使用できるようになったことの恩恵であり、大きい進歩だと思います。
- 肺がんの薬物治療は、どのように決められるのですか?
肺がんで、病気が進行しているために手術や放射線治療ができない場合に、薬物治療がおこなわれることになります。非小細胞肺癌の薬物治療は、がん細胞がどのような特性を持っているかを調べるための各検査の結果に基づいて決まっていきます。
まず、治療を始める前に、気管支鏡等で採取した肺がんの組織から、遺伝子検査をおこなって何種類ものドライバー遺伝子の変異の有無を調べます。同時に肺がん組織にPD-L1タンパクがどのくらい発現しているかを調べます。その2つの検査結果を合わせて分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬のどちらをどう使うのかを検討します。
肺がんの進行に関係するドライバー遺伝子の変異がある患者さんの場合、分子標的薬が有効なので、まずそれが最優先の治療になります。
それ以外の患者さんでは、免疫チェックポイント阻害薬を中心に治療を行うことが多いため、免疫チェックポイント阻害薬の有効性を最大化できるように治療を選択するようにしています。PD-L1タンパクの値が高い方は、免疫チェックポイント阻害薬を1剤のみ使用する治療法を選択する場合がありますし、PD-L1タンパクの値が少ない患者さんや、腫瘍が大きい患者さんについては、免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤を併用することがあります。
このようにそれぞれの患者さんに最適な治療薬を選択できるようになった反面、免疫チェックポイント阻害薬が有効かどうかを予測するために必要な検査が増えたわけですから、診断から治療開始までの期間がやや長くなったことも事実です。最近では、その期間をなるべく短くする努力が払われており、だいたい初診から1カ月以内を目標に治療方針を決定しています。
【CTLA-4阻害薬とは】
- 肺がん治療に近年使用可能となったCTLA-4阻害薬について教えてください。
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CTLA-4はT細胞に発現するタンパクで、PD-1やPD-L1と同様に、がんを攻撃する免疫の力を抑えてしまう働きがあります。CTLA-4阻害薬はCTLA-4タンパクの働きを抑えて、患者さん自身の免疫の力をサポートする治療薬です。
PD-1阻害薬やPD-L1阻害薬とは作用するポイントが異なり、がん細胞を直接攻撃するT細胞を増やし活性化させる働きがあります。
実はCTLA-4阻害薬の方がPD-1阻害薬よりも前に開発され、米国では悪性黒色腫(メラノーマ)の標準治療として使われていました。現時点では肺がんの治療においてCTLA-4阻害薬が単独で使われることはありませんが、PD-1/PD-L1阻害薬と併用する「複合免疫療法」での効果が期待されています。
【複合免疫療法が適する場合とは】
- 「複合免疫療法」について詳しく教えてください。
これまでの肺がんの免疫チェックポイント阻害薬を使った治療では、PD-1阻害薬かPD-L1阻害薬をどちらか一種類、あるいは抗がん剤と併用して使っていたのですが、CTLA-4阻害薬を併用して2種類の免疫チェックポイント阻害薬を用いることで、PD-L1タンパクの値が少ない患者さんでも有効性が得られる可能性や、長期の有効性が期待できる可能性などが評価され、2020年11月に保険適用となりました。
- どのような患者さんに適していますか?
ドライバー遺伝子変異がなく、分子標的治療薬の適用にならない患者さんで、PD-L1タンパクが少ない患者さんや、がんの腫瘍径が大きい患者さん、がんの進行スピードが速い患者さんは1種類の免疫チェックポイント阻害薬で効果がが期待しにくい場合があるため、複合免疫療法を検討してもよいと思います。これまでの病歴や血液検査の値、内臓の機能の状態、患者さん自身の元気さなど、複合的な要素を鑑みて判断されます。肺の状態にもより、たとえば間質性肺炎がある患者さんなどでは副作用のリスクが高くなるため複合免疫療法は行わないようにしています。免疫チェックポイント阻害薬に特有の副作用はPD-1/PD-L1阻害薬をどちらか1種類使用するよりは多く発生すると考えられます。
患者さんご自身のご希望があるかどうかが重要な点となり、複合免疫療法のメリットと、副作用などのデメリットをお話しした上で、患者さんのご希望に沿うように決めています。
- 複合免疫療法でも抗がん剤を併用することはあるのですか?
はい。今後はドライバー遺伝子変異がない非小細胞肺がんの初回の薬物療法は、免疫チェックポイント阻害薬を1種類か2種類、さらにそれぞれ抗がん剤を加える計4パターンが主な選択肢になっていくと思います。
免疫チェックポイント阻害剤のみの治療では効果が期待しにくい患者さんもいますので、抗がん剤を併用することでがんの縮小が得られる場合があります。実際には抗がん剤を併用する患者さんの方が多く、標準的におこなわれています。
一方で抗がん剤を併用しない方がよい場合もあります。たとえば高齢の患者さんでは、免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤との併用は副作用のリスクが高くなるため慎重に行う必要があります。なお、実際の年齢だけでなく、その患者さん自身の元気さや、内臓の力などさまざまな要素が影響します。
【複合免疫療法の副作用】
- 免疫チェックポイント阻害薬は抗がん剤に比べて副作用が少ないのでしょうか。
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抗がん剤の場合、比較的多くの患者さんに脱毛や吐き気など予測できる副作用が現れます。ただ、私たち医師も支持療法などの対応方法に習熟しているので、患者さんもあまり心配なく過ごせるようになってきています。
免疫チェックポイント阻害薬の場合、免疫関連有害事象(irAE)と呼ばれる副作用が現れ、重篤な副作用となる場合もあります。免疫関連有害事象(irAE)とは、患者さん自身の免疫力でがんを攻撃するときに、正常な細胞まで攻撃してしまうことがあり、それに伴って発現する副作用のことをいいます。肝臓や腸、場合によっては筋肉や脳への影響が出たり、1型糖尿病を発症するなどさまざまな部位に副作用が現れることがあります。
- 複合免疫療法の副作用について教えてください。
2種類の免疫チェックポイント阻害薬を使用する場合、免疫関連有害事象が1種類でおこなう時と比べて増えるといわれています。代表的なものは、皮膚(かゆみや火傷のような痛み)、肝臓(肝機能の低下、炎症)、内分泌(下垂体炎)、腸(下痢や腹痛、発熱などの腸炎)などの症状があります。また抗がん剤と異なり、副作用が現れる時期は様々です。治療開始後約2カ月以内の比較的早い時期に起こりやすい傾向があるものの、治療開始後すぐに副作用が出ることもあれば、半年~1年後、あるいは数年後に急に出てくることもあります。
CTLA-4阻害薬を用いた治療において私が重要と考える副作用のひとつに下垂体炎があります。脳の一部である下垂体はさまざまなホルモンの分泌をコントロールしている器官で、炎症を起こすとホルモンの分泌が減少します。特にステロイドホルモンの分泌が減ると、体がしんどくなります。複合免疫療法では重篤になりやすく、38度以上の発熱や、血圧の急な低下によるショック状態を生じることもあります。この場合はステロイドホルモンの補充が必要となります。また、その他の免疫関連有害事象でも、重篤化した場合には治療を中止して比較的多い量のステロイド剤により炎症を抑える治療を開始し、ゆっくり減らしながら1~2カ月以上かけて回復を待たなければなりません。症状が軽度なうちに発見し対処しながら治療を続けられれば一番よいのですが、そのコントロールが非常に難しいです。なお、治療中止後も副作用が現れる可能性があることも免疫療法の特徴です。免疫療法は免疫を活性化して働くお薬ですから、免疫機能が働き過ぎてしまうことにより、サイトカイン放出症候群や大腸炎、間質性肺疾患といった有害事象も報告されていますので慎重に経過観察することが必要です。
- 治療中の患者さんが日常生活で注意すべきことはありますか。
日常生活への制限は特にありません。ただ、「38度以上の発熱」「下痢が止まらない」「息苦しい」「とにかくしんどい」といった症状があるときは、すぐに病院に連絡をして受診してください。複合免疫療法の場合、1日単位、ひどい場合は時間単位で症状が悪化することもあります。「熱くらいは大丈夫」と軽視せず、いつもと違った体調の変化があれば夜間や休日でもすぐに受診するようにしてください。
複合免疫療法で治療中の患者さんは一見いつもと同じように見えても、お話を聞くと「実は、最近なんとなくしんどい」とおっしゃることがあります。「しんどさ」は、副作用によるホルモン不足の可能性があるので、仕事や家事がうまくできているか、自分の体調をどう感じているのかを遠慮せずに医師に伝えてください。
【治療選択に迷ったら】
- 治療選択に迷う患者さんへのアドバイスをお願いします。
免疫チェックポイント阻害薬1剤のみの治療もこれまで通り標準治療ですので、私たち医師もどちらがよいのか悩むことは多々あります。有効性が期待される治療法でも、副作用のリスクは必ずあります。患者さんと医師が共に治療方針を検討することを「シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM:共同意思決定)」といいますが、複合免疫療法を受けるかどうかも、患者さんと医師がともに考えていく必要があると感じています。
SDMはすべて決定を患者さんにゆだねるという意味ではなく、医師は専門家としての意見はもっています。患者さんから「先生のおすすめはどれですか」と聞いてみるのもひとつの方法です。治療方法に迷ったらご家族にも来院していただき、一緒に主治医の話を聞いて、情報と悩みを共有していただくのもよいでしょう。ご家族が助言することは難しくても、患者さんが考える手助けをしていただくことで力になれるはずです。
同じがんサバイバーの方の話を聞くこと(ピアサポート)は、患者さんにとってとても有用ですが、日本ではまだまだ機会が十分にはありません。今後の広がりに期待しています。
- 最後に患者さんへのメッセージをお願いします。
肺がんは昔と比べて長生きの可能性が期待できる病気になりました。その割合を少しでも増やすために、現在も新しい治療法の開発が進められています。一方で人間には絶対的な寿命があることも事実であり、がんがなくても時間は無限にあるわけではありません。仕事や家事にエネルギーを注ぐこと。人生を楽しむこと。あるいは今まで通りの変わらない日常を過ごすこと。限りある時間をどう過ごすか。などは人それぞれです。患者さんの価値観を共有しながら、最も患者さんに適した治療について一緒に考えていきたいと思います。
2023年8月掲載