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ゆるっと公園ガイド Vol.3<実践編②>

ゆったり歩きながら、史跡や自然などを学び楽しむ「ガイドウォーク」を公園でも。前回は、図鑑を片手に公園の中を歩き、東京農工大学名誉教授の福嶋司先生に植物観察のコツを教えていただきました。3回目も<実践編②>として、公園の中を歩きながら、植物のまとまりである「植生」を読み解き、楽しむコツについて伺います。

ゆるっと公園ガイド Vol.3<実践編②>

緑のまとまり、「植生」の移り変わりを切り取る

緑があふれる森や公園は、のんびり歩くだけでも清々しい気持ちになりますよね。葉擦れの音や小鳥のさえずりに耳を澄ませ、季節の草花を愛でるなど、思い思いに楽しめるのもよいところ。そんな緑の空間の楽しみ方について、年間100ヵ所以上も森や山に出かけるという福嶋先生は「“緑のまとまり=植生”が読み解けるようになると、もっと楽しくなりますよ」と語ります。

「植生とは“生きている緑のまとまり”のことで、自然の森だけでなく公園の雑木林や人間が管理する水田なども含まれます。植生がどのように誕生し、変化してきたのか。また、どのように壊れ、どのように復活しようとしているのか。そんな視点から見てみると、静かにそこにいる植物が、大きな時間の流れの中で、さまざまなものに影響を受けて動き続けていることがわかります。そして、影響を与えている土地の歴史や地理的事情や人の影響なども知ると、その環境下で頑張っている植物の生命力を感じ取ることができるでしょう」

自然の森は、木々の関係性が安定した一定の状態(極相)に向かって変化していきます。どんな森になるのかを決めるのは、水と気温。日本では全国的に降水量が安定しているので、気温によって「常緑樹」「落葉樹」「針葉樹」のいずれかの森になります。これらの森を象徴する高木があり、相性の良い亜高木、低木、草本がその下に生育するという4層構造が、自然が完成した姿、極相の森の状態です。(詳しくはVol.1を参照)

しかし、自然災害や人間の手によって高木が倒れると、光を好む生育の早い落葉樹が一気に育ち、その後、生育が遅かった常緑樹が追いついて落葉樹が枯れ始めるなど、「極相」として安定するまで変化が続きます。

植生では常に光を取り合う競争が勃発中!高木層は常緑樹と落葉樹が覇権を争い、どちらかが衰えるともう一方が伸びてくる。

植生では常に光を取り合う競争が勃発中!高木層は常緑樹と落葉樹が覇権を争い、どちらかが衰えるともう一方が伸びてくる。

「この移り変わりのことを“遷移”といいます。住んでいる地域の極相を知っていれば、今目の前にある森がどのような状態にあるにせよ、この後どんな森になるのかがわかります。『一体、どんなふうに変化していくんだろう』と想像する楽しみ方ができるわけです。10年前は控えめに生えていた常緑樹が権勢を誇っていたりすると『おお、頑張ったなあ』と声をかけたくなりますね。次に訪れたときにはどうなっているのか、と想像してはワクワクしています」

左から遷移の初期、中期、極相に近い状態。国立科学博物館附属自然教育園(東京・白金台)では、あえて人の手を入れないことで、多彩な植生の遷移を見ることができる。

左から遷移の初期、中期、極相に近い状態。国立科学博物館附属自然教育園(東京・白金台)では、あえて人の手を入れないことで、多彩な植生の遷移を見ることができる。

国内の森は、自然に任せると全てこのような植生になる。自分の住む地域の植生を知ることが、植生を楽しむ第一歩。(引用:「図説 日本の植生」(講談社)より)

国内の森は、自然に任せると全てこのような植生になる。自分の住む地域の植生を知ることが、植生を楽しむ第一歩。(引用:「図説 日本の植生」(講談社)より)

時代とともに変化する「人と森の関係」に思いを馳せて

植生に大きく影響を与えるものの一つに「人間の営み」があります。もともと日本では生活に必要なものの多くを森に求めてきました。コナラやクヌギなどの雑木林には下刈りや間伐などの手が加えられ、長らく薪や炭などの供給源とされてきました。戦後は木材とするために杉が多く植林されたことも植生に大きな影響を与えました。

「植生に人が影響した名残は、神社などの鎮守の森や城址、防風・防砂林、並木道や山城など、皆さんの身近なところで見られます。樹齢がわかる大木があると、どの時代に植えられたのか、だいたい見当がつきます。公園の管理人さんや宮司さん、町の郷土史家さんなどにたずねてみると、面白いお話が聞けるかもしれませんよ」

シイの巨木。カシやイチョウなどと同様に「火伏の木」とされ、防災目的で植えられることが多い。

シイの巨木。カシやイチョウなどと同様に「火伏の木」とされ、防災目的で植えられることが多い。

今回見学に訪れた国立科学博物館附属自然教育園(東京・白金台)も、人の営みとともに変遷してきた場所。室町時代に豪族の邸宅が建てられ、江戸時代には水戸光圀の兄である高松藩主・松平讃岐守頼重の下屋敷となり、明治時代には軍部管轄の火薬庫、大正時代の御料地などを経て、今日に至っています。

「まず植生の中でも目につくのが、土塁に沿って高木層をなすシイ(スダジイ)でしょう。200〜300年くらいの樹齢のものが多くあり、さかのぼって考えると江戸時代に人の手で植えられたことがうかがえます。これだけの巨木の群生林は都会では珍しく、環境の変化で近年は弱ってきているといわれますが、できるだけ次世代にも伝えていきたいですね」

敷地の内外を隔てるために土塁が造られ、それを固めるために植えられたシイやアカガシが鬱蒼とした木陰をつくっている。

敷地の内外を隔てるために土塁が造られ、それを固めるために植えられたシイやアカガシが鬱蒼とした木陰をつくっている。

他に目立つ巨木はというと、クロマツやアカマツなどのマツの仲間。いずれも江戸時代の讃岐守の下屋敷となったころに植えられたことが明らかになっています。堂々たる姿を今も見せる、樹齢300年を超える「物語の松」や「大蛇(おろち)の松」は人工池の近くにあり、自生するイロハモミジとのコントラストで秋にはどんなに素晴らしい景観となることでしょう。

「マツは常緑なので城などの目隠しとしても使われ、姿が美しく縁起が良い木として、武士に好まれてきました。 ただし、大木はまだまだ頑張ってはいるものの、マツは明るいところを好むので常緑樹との競争に弱いのです。こちらの公園ではやや押され気味という印象ですね。さらに都市の大気環境の悪化もあって、数が減少しています」

大蛇の松。ゴツゴツと黒い木肌に斜めに突き出した姿態はまさに大蛇!古い木は説明板つきのことも多く、植林当時の森を想像する手がかりとなる。

大蛇の松。ゴツゴツと黒い木肌に斜めに突き出した姿態はまさに大蛇!古い木は説明板つきのことも多く、植林当時の森を想像する手がかりとなる。

形勢不利とはいえ、乾いた土地を好むシイやアカガシは土塁に、平坦地にはマツ、水を好むヤナギは湿地の近くにと、できるだけ自然の植生を活かした形で植えられてきました。しかし、突然その土地では見慣れない植物が生えている場合もあります。そんなときはやはり「何らかの理由」があることが多いとか。

例えば、自然教育園では、絶滅危惧種になっているトラノオスズカケが、かの平賀源内によって移植されたと伝わっています。

「通常は西の方に分布する植物なので、松平讃岐守の故郷である高松から持ち込まれたのだろう、それなら家来筋で何度かここに来ている平賀源内の仕業だろうと推測されているわけですね。もちろん定かではありませんが(笑)」

そして、園内では1949年に消えたと思われていたところ、2007年に復活し、関係者を驚かせました。

「おそらく58年という長い間、種は地中深くで眠っていたのでしょう。特に珍しいことではなく、草本類の種には数十年もじっと機会が来るのを待っていて、環境が整うと発芽する種も多いのですよ。地上で行われている熾烈な覇権争いの足下でも、また虎視眈々と繁栄のチャンスを狙っているわけですね」

平賀源内が薬草として持ち込み、移植したと伝えられるトラノオスズカケ。晩夏から秋口にかけて小さな紫色の花を咲かせる。

平賀源内が薬草として持ち込み、移植したと伝えられるトラノオスズカケ。晩夏から秋口にかけて小さな紫色の花を咲かせる。

温暖化? 害虫のせい? 都市部で見られる特殊な植生

その土地に適した植物が水と光を求めて静かにしのぎを削る中、「近年、都市の中で増加した植物」がひょっこり見つかるのも、昨今の傾向だといいます。その代表格が、南国を象徴するシュロの木。Vol.2で紹介した浜離宮恩賜庭園にも見られましたが、ここ自然教育園でもごく普通に生えています。なんと2010年の調査では園内の5本に1本がシュロの木だったとか!(2018年現在で2,000本以上)

「全国的に温暖化が進み、冬に枯れなくなったのがその理由といわれていますが、周囲がビルや家屋ばかりの都市部にあって、種を食べて運ぶ小鳥たちが公園に集まるからではないかとも推測されています。ミズキに特有の害虫が発生し、園内に被害が集中したのも、周辺に緑が少ない都市部ならではの特性といえるでしょう」

当然のように植生に交じるシュロの木。

当然のように植生に交じるシュロの木。

シュロは国内外来種で、自然教育園の本来の自然とは異質なものと判断されるため、2014年に特に多かった通路周辺などから取り除かれました。これは、一部の地域を除いて「自然のまま」にすることで自然の植生の遷移を見ようというコンセプトの自然教育園にとっては異例のこと。それだけに、国内外来種にとどまらず、外来種の勢力が増しているということでしょう。

  • ※ 国内外来種:国内の他の地域から人の手によって持ち込まれた生物。

植生は生きている!動き続ける森のエネルギーを浴びに行こう!

植生という視点を得るだけで、普段見慣れた公園も新鮮な印象に。

植生という視点を得るだけで、普段見慣れた公園も新鮮な印象に。

一見、静かで穏やかな木や草も、植生という視点で見ると、常に勢力を広げようとせめぎ合い、「動き続けている」ことがわかります。それも決して競争だけではなく、共存と多様性が植生を豊かにしていることが見えてきます。

「そう、植生は相性の良い植物同士のコミュニティのようなもの。競争しながらも助け合っているのです。天災や人災、虫などに壊されても、変化しながら蘇る森の姿には自然本来の生命力を感じます。それは人間が持つ回復力とも重なって見えます。だからこそ、植物に共感し、頑張っている植物を応援したくなるのかもしれませんね」

緑豊かな環境で、爽やかな空気を吸うだけでも十分リラックス効果が得られるといいますが、さらに植生を意識するとワンランク上の森林浴ができそうです。とはいえ、肺がんの治療中は、なかなか遠出して森や山に行くことは難しいもの。しかし、福嶋先生は「植生は、大きな森でなくても、小さな公園や並木道、神社など、身近なところでたくさん見つかりますよ」といいます。

「ちょっとした時間でいいので、ぜひ緑の中に身を置いて、植生という緑のグループの会話に耳を傾けてみてください。気になる植生が見つかったら、定点観測してみましょう。折に触れて見守ることで、変化し続ける草や木からひたむきに生きるエネルギーを受け取ることができるでしょう」

監修の福嶋先生からメッセージ

私が植生に興味を持ったのは、北陸の森が郷里の九州の森と全く違うことに気づいたことがきっかけです。遠くから見てわかった気になっていましたが、実際に現場に行ってみると新しい発見があり、どんどん世界が広がることを実感しました。好奇心は生きるエネルギーそのもの。この記事が、あなたの新しい第一歩につながれば、大変嬉しく思います。

福嶋司先生
福嶋司先生
東京農工大学名誉教授。理学博士。植生管理学を専門とし、公園や森のガイドウォークを行っている。著書に「カラー版 東京の森を歩く」(講談社現代新書)「日本のすごい森を歩こう」(二見レインボー文庫)など。