原因
肺がんとアスベスト(石綿)の関係
アスベスト(石綿)とその活用
アスベストは、熱、電気、化学物質などに強い繊維状の天然鉱物で、安価であることから建設資材をはじめ家電製品や自転車などさまざまな製品に利用されてきました1,2,3)。
しかし、1960年頃から欧米でアスベストにさらされる作業に従事していた労働者に、肺がんや中皮腫が多発しはじめ、1972年に世界保健機関(WHO)がアスベストを発がん物質に指定しました。日本では、2012年にアスベストを含む製品の製造が全面禁止されました3,4)。
アスベストによる健康障害
アスベスト繊維は髪の毛の5,000分の1と非常に細く、飛散すると長い時間、空気中を浮遊します。口や鼻から吸い込んでも多くはすぐに体の外に排出されますが、完全には排出されないため、わずかに残ったアスベストが肺に沈着します。アスベストは、いったん沈着すると肺の中で分解されず、長年にわたり異物としてとどまりつづけるため病気を引き起こすことがあります1,3)。
アスベストにさらされるおそれがある作業に従事していた方やその家族、またアスベストを取り扱う工場の近くに居住していた方などは、アスベストを原因とする病気を発症するリスクが高い可能性があります3)。
アスベストを原因とする病気には、非腫瘍性のものとして、石綿肺、良性石綿胸水(良性石綿胸膜炎)、びまん性胸膜肥厚があります。腫瘍としては肺がんと中皮腫があります5)。
アスベスト除去時の対策
アスベストの撤去作業は、厚生労働省が定める石綿障害予防規則によって、発塵性が高い順に3つのレベルに分類されています。事前調査や労働基準監督署長への届出の要否は、レベルに準じて規定されています6)。
最も発塵性が高いレベル1の作業は、アスベストとセメントを混ぜ合わせて作られる吹き付け石綿の撤去作業です3,6)。撤去作業は、専門の講習を修了した石綿作業主任者の指揮のもと、作業者が直接アスベストにさらされないよう実施されることが定められています7)。
アスベスト代替繊維
繊維状物質は、工業製品を製造する上で不可欠な素材です。したがって、産業界ではアスベスト製品の製造禁止後、アスベストと同様の性質を有し、生体に安全な代替繊維の開発が活発化しています。
人造ガラス質繊維は人造のガラス質鉱物繊維で、国際がん研究機関(IARC)の発がん性評価基準で「グループ3:ヒトに対する発がん性について分類できない」とされており、発がん性はほぼないと考えられています。中でも、ロックウール、グラスウールは使用歴が長く、大規模疫学調査が行われており、発がん性評価は信頼性が高いといわれています8,9)。
アスベスト肺がんの基本情報
患者数
アスベストを原因とするがんのうち、最も発症数が多いのは肺がんです1)。
特徴
肺がんには腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4種類の病理組織型がありますが、アスベストはすべての組織型の肺がんを引き起こす可能性があります1)。また、肺がんの発生部位にもアスベスト特有の特徴はないとされています10)。アスベストのばく露注)から肺がんが発見されるまでの期間は20~40年と報告されています1)。
注:問題となる因子にさらされること。
症状(発見時)
アスベスト肺がんが発見されたきっかけを調査した研究では、4割は咳や痰などの自覚症状を認めたことであり、6割は健康診断や他の病気の治療中に異常な所見(胸部X線画像においてなど)が指摘されたことであったと報告されています11) 。
検査
アスベスト肺がんと診断するためには、「肺がん発症のリスクが2倍になるアスベストばく露があること」を確認する必要があります。これは、胸部X線検査またはCT検査による肺の画像所見、あるいは手術や気管支鏡などから得られた肺組織中の特異的な物質を調べることにより確認します12,13)。
治療
通常の肺がんと同様に、組織型やステージに応じて手術、化学療法、放射線療法などが選択されます10)。
アスベスト肺がんでは?と気になる方へ
アスベストばく露の有無がはっきりせず気になる方は、相談窓口や治療を受けている医療機関にご相談ください。
タバコとの関係
喫煙は肺がんの最大の要因ですが、アスベストと喫煙の両方のばく露を受けると肺がんのリスクが高まります。アスベストのばく露と喫煙歴のない人が肺がんを発症するリスクを1とすると、アスベストのみのばく露では、肺がんの発症リスクは5倍、喫煙のみでは10倍、アスベストとタバコの両方のばく露がある場合は50倍になると報告されています13,14)。
アスベストおよびタバコによる肺がん発症リスク(リスク比)
制度
海外の状況と日本のこれから
かつて、欧米では第二次世界大戦前にアスベストを大量に使用して工業化し(アスベスト消費)、1960年頃からアスベストに関係する仕事に従事した労働者における肺がんや中皮腫の多発が知られるようになりました。米国では、アスベストが原因とされる疾患である中皮腫の患者数は2005年頃にピークに達しましたが、その後は減少傾向にあります。一方で、日本におけるアスベスト消費は欧米に約25年遅れて同様の経過をたどっており、アスベスト肺がんの増加傾向は2030年頃まで続くと推定されています2)。
- 1)榮木 実枝ほか:がん看護セレクション 肺がん患者ケア,学研メディカル秀潤社
- 2)環境省 アスベスト含有家庭用品の廃棄について
- 3)独立行政法人環境再生保全機構 石綿健康被害救済制度10年の記録
- 4)神山 宣彦:日職災医誌. 2014 ; 62(5): 289-297
- 5)中野 孝司:成人病と生活習慣病. 2017;47(8): 945-949
- 6)厚生労働省 石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル
- 7)厚生労働省 石綿障害予防規則
- 8)神山宣彦:石綿製品の使用禁止と石綿代替繊維の現状
- 9)農林水産省 国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について
- 10)内野 和哉ほか:日本胸部臨床. 2010;69(増刊):S155-S162
- 11)岸本 卓巳:Jpn J.Hyg. 2014; 69: S114
- 12)独立行政法人環境再生保全機構 診断書(石綿を原因とする肺がん用)
- 13)独立行政法人環境再生保全機構 石綿健康被害救済制度10年の記録
- 14)Hammond EC, et al. Ann NY Acad Sci 1979; 330: 473-490
監修:日本医科大学 呼吸器内科
臨床教授 笠原寿郎先生
2022年12月掲載